山本由伸の出身高校は都城高校!甲子園未出場から世界へ進んだ成長の軌跡【2026年最新】
ロサンゼルス・ドジャースで世界最高峰の舞台に立つ山本由伸投手。日本球界では圧倒的な投球成績を残し、メジャーリーグでもワールドシリーズMVPを獲得した実力者ですが、高校時代に甲子園へ出場した経験がないことをご存じでしょうか。
山本由伸の出身高校は、宮崎県都城市にある都城高等学校(都城高校)です。岡山県備前市で生まれた山本投手は、2014年に同校へ進学。当初は野手としてプレーしていましたが、高校1年生の夏以降に投手へ専念し、2年生のときには最速151km/hを記録しました。さらに、宮崎県の新人大会ではノーヒットノーランを達成しています。備前市の公式年表や日本野球機構(NPB)の記録にも、その成長の過程が残されています。
この記事では、出身高校の基本情報から投手転向の経緯、高校時代の成績、甲子園に出場できなかった理由、最後の夏の戦績、2016年ドラフト4位でのプロ入りまでを詳しく解説。2026年のドジャースでの活躍も含め、世界的投手へと成長した原点を振り返ります。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 出身高校: 宮崎県都城市の都城高校。岡山県備前市出身で、2014年に入学した。
- 高校時代の実績: 野手から投手へ転向し、最速151km/hを記録。2015年にはノーヒットノーランも達成した。
- 甲子園出場: 春夏ともに出場経験なし。2016年最後の夏は宮崎商業に0対2で敗れた。
- プロ入り: 2016年ドラフトでオリックス・バファローズから4位指名を受けた。
- 2026年現在: ロサンゼルス・ドジャースに所属。2025年ワールドシリーズMVP、2026年はレギュラーシーズン14勝を記録した。
【出身高校】山本由伸は宮崎県の都城高校出身!岡山県備前市から進学した理由
山本由伸投手の出身高校は、宮崎県都城市にある都城高等学校です。
まず押さえておきたいのは、生まれ育った出身地と高校の所在地は異なるという点です。
山本投手は1998年8月17日、岡山県備前市で生まれました。小学校は備前市立伊部小学校、中学校は備前市立備前中学校に通い、地元で野球の基礎を身につけています。
備前市の公式プロフィールによると、小学生時代は伊部パワフルズ、中学生時代は東岡山ボーイズに所属していました。
その後、2014年4月に宮崎県の都城高校へ進学。岡山県から宮崎県へと生活の拠点を移し、高校野球に打ち込むことになります。
都城高校とはどんな学校?
都城高校は宮崎県都城市にある高校で、山本由伸が在籍した2014~2016年には硬式野球部が夏の甲子園を目指して宮崎県大会に出場していました。
2016年の宮崎大会では第3シードとして大会に臨み、強豪・延岡学園を破るなど、県内でも存在感のあるチームでした。
山本投手が高校3年生だった2016年には、プロ12球団のスカウトが注目するほどの投手へ成長していました。
なお、岡山県備前市は山本投手の出身地として現在も公式に功績を紹介しており、都城市も同校卒業生として山本投手を顕彰しています。
つまり、山本由伸のルーツを整理すると、次のようになります。
- 出身地:岡山県備前市
- 出身小学校:備前市立伊部小学校
- 出身中学校:備前市立備前中学校
- 出身高校:宮崎県・都城高等学校
- 高校入学:2014年4月
このように、山本由伸の野球人生は岡山県で始まり、宮崎県の都城高校で大きく開花したのです。
【高校時代】野手から投手へ転向!最速151km/hに到達した成長の秘密
山本由伸の高校時代を語るうえで、最も注目したいのが投手への転向です。
現在は150km/h台の直球と多彩な変化球を武器にする先発投手ですが、入学当初から本格的なエースだったわけではありません。
入学当初は野手としてプレーしていた
NPBが2022年6月に掲載した高校時代の特集記事によると、山本投手は中学時代、主に野手としてプレーしていました。
都城高校に入学した際、当時の野球部監督だった森松賢容氏は、山本投手のキャッチボールを見て投手として育てたいと感じたといいます。
しかし、当時の球速は120km/h台前半。投手としてすぐに公式戦へ出場できる状態ではありませんでした。
そのため、入学後は野手として起用され、投手に専念したのは1年生の夏の大会が終わってからです。
現在の山本投手からは想像しにくい経歴ですが、最初から完成された投手だったわけではないのです。
高校1年秋の敗戦が成長の転機に
投手として本格的に活動を始めた山本投手にとって、最初から順風満帆だったわけではありません。
高校1年秋の宮崎県大会では、九州大会出場を懸けた延岡学園との準決勝に先発しました。
試合は4回終了時点で都城が7対3とリード。しかし、悪天候によるグラウンド状況の影響もあり、5回以降に失点を重ね、最終的には9対10で逆転負けを喫しました。
この試合で山本投手は、マウンドに立つ投手としての責任や、チーム全体を考える姿勢を学んだとNPBの記事は伝えています。
森松監督は最後まで山本投手を降板させず、完投させました。
この経験の後、冬の練習に取り組む山本投手の姿勢が変わったとされています。
単に球速を上げるだけではなく、試合を背負う投手として成長するきっかけになった出来事でした。
高校時代に最速151km/hを記録
山本投手は高校2年生になると、投手として急速に頭角を現します。
2015年の宮崎県高校新人野球大会では、最速151km/hを記録。高校生としては非常に高い水準の球速で、プロのスカウトからも注目される存在になりました。
さらに、直球だけでなくスプリットやカットボールなどの変化球も評価されていました。
2016年の夏には、延岡学園との宮崎大会2回戦で149km/hを計測。日刊スポーツの報道によると、7回2/3を投げ、11奪三振を記録してチームの7対3の勝利に貢献しています。
高校生の段階ですでに、球速と変化球を組み合わせて打者を抑える投球スタイルが形成されていたことが分かります。
【高校時代の成績】ノーヒットノーラン達成!都城高校時代の主な記録を年表で整理
山本由伸の高校時代には、現在の実績につながる印象的な記録が複数あります。
特に注目したいのが、2015年の新人大会で達成したノーヒットノーランです。
2015年9月2日、鵬翔高校戦でノーヒットノーラン
備前市の公式年表によると、山本投手は2015年の第63回宮崎県高等学校新人野球大会で都城高校の優勝に貢献しました。
その決勝戦の相手は鵬翔高校です。
2015年9月2日に行われた試合で、山本投手は相手打線に安打を許さないノーヒットノーランを達成。都城高校は3対0で勝利しました。
高校2年生の段階で、試合を完全に支配する投球を見せていたのです。
この実績によって評価を高め、山本投手は「九州四天王」と呼ばれる存在へと成長していきました。
山本由伸の高校時代の主な記録・経歴一覧
ここまでの主な出来事を、時系列で整理します。
| 時期 | 出来事・対戦相手 | 記録・内容 |
|---|---|---|
| 1998年8月 | 岡山県備前市で誕生 | 野球人生の原点 |
| 2014年4月 | 都城高校へ入学 | 当初は野手として活動 |
| 高校1年秋 | 宮崎県大会・延岡学園戦 | 9対10で敗戦。投手としての成長の転機 |
| 2015年 | 宮崎県高校新人野球大会 | 最速151km/hを記録 |
| 2015年9月2日 | 鵬翔高校との決勝戦 | 3対0で勝利。ノーヒットノーラン達成 |
| 2016年7月16日 | 延岡学園との宮崎大会2回戦 | 7対3で勝利。11奪三振、最速149km/h |
| 2016年7月19日 | 宮崎商業との3回戦 | 0対2で敗退。高校野球生活が終了 |
| 2016年10月 | NPBドラフト会議 | オリックスから4位指名 |
| 2026年 | ロサンゼルス・ドジャース | MLBで14勝、防御率2.53を記録 |
※高校時代の記録は備前市の公式年表、NPB関連資料、当時の高校野球報道をもとに整理。2026年の成績はMLB公式選手ページのレギュラーシーズン記録。
高校時代のノーヒットノーランとプロでの達成は別の記録
ここで混同しやすいのが、山本由伸のノーヒットノーランです。
高校時代の2015年に達成したものと、プロ入り後の2022年に達成したものは別の記録です。
2022年6月18日、オリックス時代の山本投手は西武戦でノーヒットノーランを達成しました。NPB公式記事によると、これはプロ野球史上86人目、通算97度目の快挙でした。
さらに2023年9月にも2年連続となるノーヒットノーランを達成しています。
高校時代に経験した無安打無得点の快挙が、プロの舞台でも実現したことは、山本投手のキャリアを象徴するエピソードです。
【甲子園未出場の理由】高校最後の夏は宮崎商業に0対2で敗退
山本由伸の高校時代について、多くの人が驚く事実があります。
それは、高校3年間で春夏の甲子園に一度も出場していないことです。
最速151km/hを記録し、ノーヒットノーランも達成した投手でありながら、全国大会の舞台には立てませんでした。
なぜ甲子園に出場できなかったのか?
理由は、宮崎県の地方大会を勝ち抜けなかったためです。
夏の全国高校野球選手権大会に出場するには、各都道府県の地方大会で優勝する必要があります。
山本投手が在籍していた都城高校は、県内の強豪校として甲子園を目指していましたが、2014~2016年の高校在学中に出場権を獲得できませんでした。
特に高校最後の夏となった2016年は、甲子園出場に大きな期待が集まっていました。
2016年7月16日、延岡学園戦で11奪三振
2016年7月16日に行われた第98回全国高校野球選手権宮崎大会の2回戦。
都城高校は、2013年夏の甲子園準優勝経験を持つ延岡学園と対戦しました。
この試合で先発した山本投手は、7回2/3を投げて11奪三振。最速149km/hの直球に加え、スプリットやカットボールなどの変化球を駆使して強豪打線を抑えました。
試合は都城高校が7対3で勝利。
日刊スポーツによれば、この試合にはプロ12球団のスカウト20人が集まり、山本投手の投球を視察していました。
甲子園出場経験がなくても、プロの評価はすでに高まっていたのです。
2016年7月19日、宮崎商業戦で最後の夏が終わる
そして、最後の夏の運命を決めたのが、2016年7月19日の宮崎商業との3回戦でした。
この試合でも山本投手は序盤から好投を見せ、4回終了時点では無失点。
しかし、5回に宮崎商業が適時打とスクイズで2点を先制します。
都城高校も反撃を試みましたが、宮崎商業の投手・黒木一が好投。最終的に都城高校は0対2で完封負けを喫しました。
この敗戦によって、山本由伸の高校最後の夏と甲子園への挑戦は幕を閉じました。
スポーツ総合誌『Number』の2022年の記事では、当時の監督だった石原太一氏が、5年後に山本投手から宮崎商業戦で肘に痛みがあったことを明かされたエピソードも紹介されています。
高校最後の夏は、本人にとっても指導者にとっても忘れられない試合だったことがうかがえます。
甲子園未出場でもプロから高く評価された理由
ここで重要なのは、甲子園に出場できなかったことと、選手としての実力は別問題だという点です。
山本投手は地方大会での投球を通じて、プロのスカウトから高い評価を受けていました。
特に評価されたポイントは次の3つです。
- 150km/hを超える直球の球速
- スプリットやカットボールなどを使い分ける変化球の技術
- 強豪校との試合でも三振を奪える投球能力
甲子園という全国的な注目舞台には立てなかったものの、プロのスカウトは地方大会の試合から才能を見抜いていたのです。
【プロ入りの転機】2016年ドラフト4位でオリックスへ!高校時代の評価は?
高校野球生活を終えた山本由伸にとって、次の大きな転機となったのが2016年のプロ野球ドラフト会議です。
2016年10月、オリックス・バファローズは山本投手を4位で指名しました。
日本野球機構の公式ドラフト選択選手一覧にも、4位・山本由伸、投手、都城高と記録されています。
ドラフト1位ではなく4位だった
山本投手は高校時代から最速151km/hを記録する注目投手でしたが、ドラフトでは4位指名でした。
これは、甲子園出場歴だけで選手の評価が決まるわけではないことを示す事例でもあります。
当時の山本投手は、すでに地方大会でプロのスカウトが視察する選手でした。
しかし、プロ入り後に現在のような圧倒的な実績を残すことまでは、誰も簡単には予測できなかったはずです。
大切なのは、ドラフト順位だけで選手の将来性を判断できないという点でしょう。
オリックス入団後に才能が開花
2017年にオリックスへ入団した山本投手は、同年8月にプロ初勝利を記録しました。
その後は先発投手として成長し、2021年には投手部門の4冠と沢村賞を獲得。
2021年から2023年にかけて3年連続で投手4冠を達成するなど、日本球界を代表する投手へと成長しました。
2023年12月にはロサンゼルス・ドジャースとの契約合意が発表され、2024年からメジャーリーグへ活躍の舞台を移しています。
高校時代の投手転向から始まった成長が、ついに世界最高峰の舞台へとつながったのです。
【2026年最新】山本由伸は現在ドジャース所属!高校時代から続く進化
2026年11月現在、山本由伸はロサンゼルス・ドジャースに所属する右腕投手です。
高校時代に最速151km/hを記録した投手は、現在ではメジャーリーグでも安定した成績を残す先発投手になりました。
2025年ワールドシリーズMVPを獲得
山本投手は2025年のワールドシリーズで圧巻の投球を披露し、ワールドシリーズMVPを受賞しました。
MLB公式プロフィールにも、2025年のウィリー・メイズ・ワールドシリーズMVP受賞が記録されています。
日本の高校野球で甲子園に出場できなかった選手が、メジャーリーグの頂点を決めるシリーズで最高の評価を受けたことは、非常に印象的です。
2026年レギュラーシーズンの成績
MLB公式選手ページに掲載されている2026年レギュラーシーズンの成績は次のとおりです。
| 項目 | 2026年成績 |
|---|---|
| 所属球団 | ロサンゼルス・ドジャース |
| 登板数 | 28試合 |
| 先発数 | 28試合 |
| 勝利 | 14勝 |
| 敗戦 | 9敗 |
| 防御率 | 2.53 |
| 投球回 | 185.0回 |
| 奪三振 | 182 |
| WHIP | 0.87 |
特に注目したいのは、185イニングを投げて防御率2.53、182奪三振という安定感です。
2026年にはナショナル・リーグのオールスターにも選出されました。
単に球速が速いだけではなく、長いシーズンを通じて先発投手として試合を作り続ける能力が評価されているのです。
高校時代の山本投手は、120km/h台前半の球速から投手としてのキャリアをスタートさせました。
そこから151km/hを記録するまで成長し、プロ入り後は球速だけに頼らない投球術を磨いてきました。
2026年の成績を見ると、高校時代から続く技術的な成長が、現在の安定した投球につながっていることが分かります。
【山本由伸の高校】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:山本由伸の出身高校はどこですか?
A1:宮崎県都城市にある都城高等学校です。2014年4月に入学し、2016年に卒業しました。生まれは岡山県備前市です。
Q2:山本由伸は高校時代に甲子園へ出場しましたか?
A2:春夏ともに甲子園出場経験はありません。2016年最後の夏は、宮崎県大会3回戦で宮崎商業に0対2で敗れました。
Q3:山本由伸は高校時代に何キロを記録しましたか?
A3:高校時代の最速は151km/hです。高校2年生の時期には宮崎県の新人大会でノーヒットノーランも達成しています。
Q4:山本由伸は高校時代から投手だったのですか?
A4:中学時代は主に野手として活動していました。都城高校でも入学当初は野手として起用され、高校1年生の夏の大会後から投手に専念しました。
Q5:山本由伸は高校卒業後、どこの球団に入団しましたか?
A5:2016年のプロ野球ドラフト会議でオリックス・バファローズから4位指名を受けて入団しました。
Q6:山本由伸は2026年現在どこの球団に所属していますか?
A6:ロサンゼルス・ドジャースです。2026年のレギュラーシーズンは14勝9敗、防御率2.53、182奪三振を記録しています。
まとめ:山本由伸の原点は都城高校!甲子園未出場から世界の頂点へ
山本由伸の出身高校は、宮崎県都城市の都城高校です。
岡山県備前市で生まれた山本投手は、2014年に都城高校へ進学。当初は野手として活動していましたが、高校1年生の夏以降に投手へ専念し、徐々に才能を開花させました。
高校2年生では最速151km/hを記録し、2015年の宮崎県高校新人野球大会では鵬翔高校を相手にノーヒットノーランを達成しています。
一方、甲子園には一度も出場できませんでした。最後の夏は延岡学園を破ったものの、2016年7月19日の宮崎商業戦で0対2と敗退。高校野球生活に幕を下ろしました。
その後、2016年のドラフトでオリックスから4位指名を受け、プロ入り。NPBで数々のタイトルを獲得し、2025年にはドジャースでワールドシリーズMVPに輝きました。
2026年も14勝、防御率2.53という優れた成績を残しています。
山本由伸の歩みから読み取れるのは、甲子園への出場歴やドラフト順位だけでは、選手の本当の可能性は測れないということです。
野手から投手への転向、敗戦から学んだ責任感、球速と投球技術の向上。都城高校で積み重ねた経験こそが、世界で活躍する投手・山本由伸の原点になっています。
今後もドジャースでどのような記録を打ち立てるのか。高校時代の成長を知ることで、現在の活躍をさらに深く楽しめるはずです。 (出典: 山本 由伸 高校(Yahoo!ニュース))