【引退理由を検証】AV男優は2007年、プロレスラーは2006年に引退
チョコボール向井の引退については、AV男優とプロレスラーの活動を分けて理解する必要があります。実際には、両方を同じ年に辞めたわけではありません。
AV男優を引退した理由は業界の変化
2011年11月のアサ芸プラスのインタビューでは、向井自身がAV男優を引退した背景を詳しく説明しています。
2006年12月に新宿二丁目でバーを開業した当初は、飲食店経営とAV男優の仕事を並行していました。しかし、約1年間の兼業生活を経て、2007年いっぱいで男優業を引退します。
その決断には、本人が感じていたAV業界の構造変化が関係していました。
具体的には、次のような変化です。
- VHSからDVDへの移行:作品の制作方法や演出が大きく変わった。
- 制作費の低予算化:出演者の拘束時間が短くなり、出演料も下がっていった。
- 男優の個性の低下:作品の構成が変わり、個性的なベテラン男優の存在感が薄れていった。
- 仕事の専門性の変化:向井が考えるプロの男優としての価値が、以前ほど求められなくなった。
向井は当時の心境について、次のように説明しています。
「もうプロ(の男優)を必要としていないんだなと痛感させられ、身を引くことに決めたんです」
これは単純に人気がなくなったから辞めたという話ではありません。業界の制作環境が変わり、自分の強みを生かせる場所が少なくなったと判断したことが、引退の大きな理由でした。
プロレスラーとしての引退理由は頸椎ヘルニア
プロレスラーとしての引退は、AV男優の引退よりも早い2006年12月です。
スポーツナビの2013年の報道によると、引退の理由は頸椎ヘルニアでした。首への負担が大きいプロレスを続けることが難しくなり、約7年間にわたるリング生活に区切りをつけました。
2006年12月17日には自主興行のファイナル大会が開催されています。これは単なる活動休止ではなく、プロレスラーとしての引退興行でした。
つまり、引退の時系列は次のとおりです。
- 2006年12月:頸椎ヘルニアを理由にプロレスラーを引退。
- 2006年12月:新宿二丁目でバー経営を開始。
- 2007年末:AV男優としての活動を引退。
2つの引退にはそれぞれ異なる背景があります。プロレスは身体的な問題、AV男優は業界の変化と新しい仕事への転身が大きな要因でした。
【脳卒中の真相】2017年の脳出血と壮絶なリハビリ
チョコボール向井の人生を大きく変えた出来事が、2017年6月23日に発症した脳出血です。
2018年のデイリースポーツと2019年の日刊ゲンダイのインタビューでは、本人が発症時の状況から入院生活、リハビリ、飲食店の再開までを詳しく語っています。
2017年6月23日、店舗で突然倒れる
発症当時、向井は新宿二丁目でスナックを経営していました。
2017年6月23日の夕方、午後8時の開店に向けて準備をしていたところ、突然、左目が見えにくくなり、続いて口の左側が下がり、左手にも力が入らなくなったといいます。
店に来た客の存在がきっかけとなり、救急車を呼ぶことができました。搬送先の国立国際医療研究センターで検査を受け、診断された病名は右脳の被殻出血でした。
手術は行わず、降圧剤や脳のむくみを取る薬による治療が始まりました。しかし、入院から8〜10日ほど経ったころ、敗血症を発症。39度を超える高熱が続き、集中治療室に入る危険な状態になりました。
日刊ゲンダイの2019年のインタビューでは、本人が幻覚を見るほど意識がもうろうとしていた当時の状況も振り返っています。
左半身の麻痺と体重69キロまでの減少
脳出血による後遺症は深刻でした。
意識が戻ったときには左半身が動かず、手足に強い麻痺が残っていました。自力で立ち上がることも難しく、移動には車いすが必要でした。
日刊ゲンダイの報道によれば、入院中の体重は69キロまで減少。現役時代にはAV男優として85キロ、プロレスラーとして90キロあった体格から、大きく変化していました。
本人は、同年代より若い50歳でこのような状態になったことへの悔しさも語っています。さらに、知名度があっただけに、車いすで過ごす姿を知人やファンに見られることにも抵抗があったといいます。
そんな状況でも、加藤鷹をはじめとするAV業界の仲間、プロレス関係者、店の常連客などが見舞いに訪れ、回復を支えました。
1日3時間のリハビリと驚異的な回復
向井が回復に向けて取り組んだのは、専門家によるリハビリと自主トレーニングでした。
入院3週目を過ぎると回復期リハビリテーション病院に転院。理学療法士、作業療法士、言語聴覚士の指導を受けながら、1日3時間のリハビリを続けました。
さらに、病院での訓練だけでは満足せず、自主的にストレッチや腹筋、歩行訓練にも取り組みました。本人は医師に対して3カ月で退院すると宣言していたといいます。
実際、入院から約1カ月で車いすから杖を使った歩行へと進歩しました。約4カ月の入院を経て、2017年10月末には回復期病院を退院しています。
ただし、回復には時間がかかる部分もありました。特に左手の動きは戻りにくく、日常生活で利き手ではない左手を使う訓練を続けていたことも明かされています。
脳出血の原因は高血圧だった
2019年の日刊ゲンダイのインタビューで、向井は発症の背景に高血圧があったと説明しています。
区の健康診断では、収縮期血圧が180mmHgに達していました。以前から危険性を指摘されていたものの、十分な対策を取っていなかったと振り返っています。
また、飲食店を始めてからの生活習慣も不規則でした。夜間営業による昼夜逆転、毎晩の多量の飲酒、深夜の食事、肉中心の食生活などが重なっていたと本人は語っています。
退院後は食事や塩分摂取に気を配り、血圧測定も続けるようになりました。2019年の取材時点では、ジムにも週5〜6日通い、運動を継続していました。
一方、左側の視野が欠ける症状は残っており、医師から車の運転を控えるよう指示されていたことも明かしています。
なお、メディアで「脳卒中」と表現されることがありますが、本人が日刊ゲンダイで説明した具体的な診断名は脳出血です。脳梗塞と混同しないことが大切です。
【プロレス復帰はあった?】2013年の一夜限りの復活と現在
チョコボール向井について検索すると、「復帰」という言葉もよく見られます。ここで押さえておきたいのが、2013年に実現した一夜限りのプロレス復帰です。
2013年6月、約6年半ぶりにリングへ
2013年6月1日、IWA JAPANの東京・新宿FACE大会で、向井は約6年半ぶりにプロレスのリングへ戻りました。
2006年12月に頸椎ヘルニアで引退して以来の試合で、当時46歳。現役時代の代名詞だった駅弁固めも披露しました。
しかし、対戦相手のゴム人間、マサ高梨組に敗戦。試合後には、長いブランクを経て勝てるほどプロレスは甘くないという趣旨のコメントを残し、再び飲食店のマスターとしての生活に戻りました。
スポーツナビは、この試合を「一夜限りの復活」として報道しています。したがって、2013年の出来事を本格的な現役復帰と捉えるのは正確ではありません。
AV男優としての復帰はあったのか
AV男優としての引退後についても、復帰を期待する検索が見られます。
しかし、2011年のアサ芸プラスでは、2007年末に男優業を引退した経緯が本人の言葉で紹介されています。2023年の集英社オンラインのインタビューでも、AV男優を引退した後の生活として、幡ヶ谷のバー経営や健康づくりが取り上げられています。
2026年11月時点で、AV男優として本格的に活動を再開したことを裏付ける報道は確認できません。2013年のプロレス復帰と、AV男優としての復帰は別の話です。
2026年は店舗の9周年を迎える節目
2026年の近況を示す材料として注目できるのが、本人名義のXアカウントでの発信です。
2026年10月下旬の投稿では、CHOCObALL FAMILYの営業案内に加え、11月20日・21日に9周年記念パーティーを開催する予定が告知されています。店舗の営業を続け、記念イベントを企画していることが分かります。
また、投稿にはトレーニングウェアの購入やジムでの運動に関する話題も登場します。かつての肉体を武器にしていた時代とは目的が異なりますが、健康維持のための運動習慣を続けている様子がうかがえます。
【プロの結論】チョコボール向井のキャリアから見える3つの転換点
チョコボール向井の人生を振り返ると、AV男優、プロレスラー、飲食店経営者という肩書の変化だけでは説明できない特徴があります。
注目したいのは、本人が環境の変化や身体的な限界に直面するたびに、別の仕事や生活の形を選んできたことです。
1. AV男優引退は時代の変化を見極めた決断
2007年のAV男優引退は、仕事がなくなってからの撤退ではありませんでした。本人の説明では、まだ仕事はあったものの、DVD化や制作費の削減によって業界の価値観が変わっていました。
自分が強みとしてきた個性や経験が生かしにくくなったと判断し、飲食店経営に軸足を移した点に、キャリア選択の特徴があります。
2. プロレス引退は身体と向き合う決断
プロレスラーとしては、頸椎ヘルニアという身体的な問題が引退の理由でした。
その後の2013年に一度だけリングへ戻ったことは、プロレスへの思いが残っていたことを示す出来事です。ただし、継続的な選手活動に戻ったわけではありません。
3. 脳出血後は健康を中心とした生活へ
2017年の脳出血は、それまでの生活を見直す大きなきっかけになりました。
高血圧や不規則な生活を振り返り、リハビリと健康管理に取り組んだことは、本人が2018年、2019年の取材で語っています。
2023年の集英社オンラインでも、食生活への配慮やジム通いを続ける姿が紹介されました。かつてのような筋肉の見栄えを追求するのではなく、日々の健康を維持することに重点を置いた生活へ変化しています。
この3つの転換点を踏まえると、現在の飲食店経営は単なる引退後の仕事ではありません。長年の芸能活動やスポーツ経験を経て、自分のペースで人と関わり続けるための仕事として位置づけられます。
【よくある質問】チョコボール向井に関するFAQ
Q1:チョコボール向井は2026年現在何歳ですか?
A1:1966年12月15日生まれです。2026年11月2日時点では59歳で、2026年12月15日に60歳になります。
Q2:チョコボール向井は現在どこで働いていますか?
A2:東京都渋谷区幡ヶ谷のバー「CHOCObALL FAMILY」を経営しています。2026年10月末にも本人名義のアカウントで営業案内が発信されています。
Q3:チョコボール向井がAV男優を引退した理由は何ですか?
A3:DVD化や制作費削減などによるAV業界の変化を感じ、自分の個性が必要とされにくくなったと判断したためです。2007年末に引退しました。
Q4:チョコボール向井はなぜプロレスを引退したのですか?
A4:頸椎ヘルニアが理由です。2006年12月に引退興行を開催しました。
Q5:チョコボール向井の病気は脳梗塞ですか、脳出血ですか?
A5:2017年6月23日に発症した病気は脳出血です。日刊ゲンダイの本人インタビューでは、右脳の被殻出血と説明されています。
Q6:チョコボール向井はプロレスに復帰していますか?
A6:2013年6月にIWA JAPANの大会で一夜限りの復帰を果たしています。ただし、継続的な現役復帰ではありません。
Q7:CHOCObALL FAMILYは2026年も営業していますか?
A7:2026年10月末の本人名義の投稿には営業案内があり、11月20日・21日の9周年記念イベントも告知されています。最新の営業時間については店舗への確認をおすすめします。
まとめ:チョコボール向井の現在は飲食店経営を中心とした第二の人生
チョコボール向井は、1990年にAV男優としてデビューし、1999年には念願のプロレスラーとしても活躍しました。2006年に頸椎ヘルニアを理由にプロレスを引退し、2007年末にはAV男優としての活動にも終止符を打っています。
その後、飲食店経営に専念するなかで、2017年6月23日に脳出血を発症。左半身の麻痺や敗血症などの困難に直面しましたが、約4カ月の入院と懸命なリハビリを経て社会復帰しました。
2026年11月現在、確認できる最新の情報では、幡ヶ谷の「CHOCObALL FAMILY」を経営し、店舗の9周年記念イベントを予定しています。AV男優やプロレスラーとしての本格復帰を示す情報はありません。
チョコボール向井の経歴で特に印象的なのは、華やかな全盛期だけではありません。業界の変化を受け入れ、身体の限界と向き合い、別の仕事を築いてきたことです。
かつてリングや映像作品で知られた人物は、現在、幡ヶ谷のバーで新しい日常を重ねています。その歩みこそが、チョコボール向井という人物の現在を理解するための重要なポイントです。
主な参考資料:デイリースポーツ(2018年10月9日)、日刊ゲンダイDIGITAL(2019年4月1日)、All About(2006年1月23日)、アサ芸プラス(2011年11月27日)、スポーツナビ(2013年6月1日)、集英社オンライン(2023年6月16日)、食べログ店舗情報・利用者口コミ、本人名義のXアカウント掲載情報。 (出典: チョコ ボール 向井(Yahoo!ニュース))