「パンケーキ食べたい芸人」夢屋まさるの現在は?引退理由とテレ朝転身の全貌
「パンケーキ食べたい!」という独特のリズムネタで、2019年のお正月に一躍注目を集めた芸人・夢屋まさる。日本テレビ系『ぐるナイ おもしろ荘2019』でブレイクし、ピンクを基調としたファッションと印象的なダンスで話題になった人物だ。しかし、人気が広がるなかで、2022年3月31日をもって芸人を引退。その翌月にはテレビ朝日に新卒入社し、テレビ業界の裏方へと転身した。
2026年現在、夢屋まさるは何をしているのか。2025年11月には、テレビ朝日の20代プロデューサーとして『カズレーザー100%』を手がけていることがMANTANWEBのインタビューで報じられた。慶應義塾大学での学生生活、サンミュージック時代の経歴、異例ともいえる引退の決断、そして芸人から番組プロデューサーへ転身した背景まで、本人の発言と報道をもとに整理する。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 正体:「パンケーキ食べたい芸人」は、元サンミュージック所属のピン芸人・夢屋まさる。
- 引退理由:ブレイクした2019年10月には芸人引退を決断。人気を維持する難しさと、新しい仕事への挑戦が背景にあった。
- 現在:2022年4月にテレビ朝日へ入社。2025年11月には、カズレーザーとタッグを組む番組のプロデューサーとして紹介された。
【正解は夢屋まさる】パンケーキ食べたい芸人は誰?
「パンケーキ食べたい」の芸人は、夢屋まさる(ゆめや・まさる)である。2019年1月1日放送の日本テレビ系『ぐるナイ おもしろ荘2019』に出演し、リズムに乗せて「パンケーキ食べたい」と繰り返すネタで大きな反響を呼んだ。
夢屋まさるは1998年生まれ。慶應義塾大学経済学部に在籍しながら芸人として活動していた、いわゆる高学歴芸人の一人だ。ジェンダーレスな雰囲気のファッションや、独特の表現力も注目された。
所属していたのはサンミュージックプロダクション。ダンディ坂野、スギちゃん、髭男爵など、特徴的なギャグやキャラクターで知られる芸人が所属する事務所だった。
夢屋は高校時代からお笑い活動を始め、16歳でプロの芸人として活動。フリーでライブに出演していたところ、サンミュージックの関係者からネタ見せに誘われたことが所属のきっかけだったと、2022年のENCOUNTのインタビューで明かしている。
2019年のブレイク後は、バラエティー番組への出演だけでなく、企業CMやイベント、映画のPR活動、書籍出版などにも活躍の幅を広げた。芸人としての知名度が急上昇した一方、本人はその時期からすでに次の人生を考えていた。
【元ネタを検証】パンケーキ食べたいのフレーズと振り付けはどこから?
あの印象的なフレーズは、どのように生まれたのか。実は、夢屋まさる本人が2019年2月のORICON NEWSのインタビューで、ネタの誕生秘話を詳しく語っている。
喫茶店のポスターから生まれたフレーズ
きっかけは、『おもしろ荘』のオーディションに向けてネタを考えていた喫茶店だった。
当時、お金に余裕がなかった夢屋は、コーヒー1杯で長時間店内に滞在していた。そこで目に入ったのが「期間限定のパンケーキ」と書かれたポスターだったという。
さらに、そのとき聴いていたのが、きゃりーぱみゅぱみゅの楽曲「原宿いやほい」。この音楽とパンケーキのポスターが結びつき、繰り返し口ずさめるフレーズが生まれた。
つまり、元ネタを一つに限定するより、次の3つの要素が組み合わさったネタと理解するのが正確だ。
- 言葉の発想:喫茶店に貼られていた期間限定パンケーキのポスター。
- リズムの着想:きゃりーぱみゅぱみゅの「原宿いやほい」。
- 振り付け:当時TikTok上にあった振り付けを参考にした簡単な動き。
ORICON NEWSの取材では、夢屋自身が振り付けについても説明している。もともとダンスが得意ではなく、最初は振り付けなしで考えていたものの、見た目の面白さを加えるために簡単な動きを取り入れたという。
この点は、ネタのオリジナリティーを考えるうえでも興味深い。フレーズの発想、音楽の選択、振り付けを組み合わせ、誰でもまねできる形に仕上げたことが、短期間で広く浸透した理由の一つだった。
なぜ「パンケーキ食べたい」は流行したのか
このネタが広がった理由は、単に言葉が面白かったからではない。
まず、短いフレーズの反復によって、一度聴くと記憶に残りやすい。次に、振り付けが複雑ではなく、子どもから大人までまねしやすい。そして、明るくかわいらしい雰囲気の直後に、街や場所に対する意外性のあるコメントを挟む構成も特徴だった。
日常的な言葉を使いながら、予想外の展開を生み出す。このギャップが、SNSで共有されやすいネタの構造と相性が良かったのである。
【経歴・年表】慶應義塾大学からテレビ朝日までのキャリア
夢屋まさるの経歴で特徴的なのは、芸人としての活動と学業を両立し、その後、芸能活動を終えて一般企業への就職を選択したことだ。
慶應義塾高校時代に芸人としての活動を始め、慶應義塾大学経済学部に進学。学生芸人として活動を続けながら、2019年に『おもしろ荘』でブレイクした。
慶應塾生新聞の2022年3月のラストインタビューでは、中学から慶應に通い、大学では経済学部に在籍しながら文学部社会学系のゼミにも所属していたことを語っている。ジェンダーや映像表現などを研究していた点も興味深い。
その後のキャリアを時系列で整理すると、次のようになる。
| 時期 | 人物・組織・番組 | 主な出来事と関係 |
|---|---|---|
| 高校時代 | サンミュージック | 16歳で芸人として活動。フリーでのライブ出演を経て所属。 |
| 2019年1月1日 | おもしろ荘2019 | 「パンケーキ食べたい」のネタでブレイク。 |
| 2019年10月 | 本人の引退決断 | ブレイク中に芸人引退を決意。 |
| 2022年1月29日 | 本人の公式note | サンミュージック退所と芸人引退を発表。 |
| 2022年3月31日 | 芸人活動終了 | 最後の単独ライブを経て芸人を引退。 |
| 2022年4月 | テレビ朝日 | 新卒社員として入社。 |
| 2023年4月 | ジェシカ美術部 | 真空ジェシカの冠番組で企画・構成を担当。 |
| 2024年9月 | カズレーザー100% | 番組のディレクターとして制作に参加。 |
| 2025年11月 | カズレーザー100% | テレビ朝日のプロデューサーとして番組を手がけていることが報道される。 |
| 2026年 | テレビ朝日 | 2025年の報道で紹介されたプロデューサーとしての活動が、現在地を知るうえでの最新の具体的な公開情報。 |
この年表から分かるのは、芸人引退後に突然テレビ朝日へ入社したのではなく、学生時代から培ってきた企画への関心を、会社員としてのキャリアに移行させていったことだ。
特に2023年の『ジェシカ美術部』への参加は重要な転換点である。MANTANWEBの2025年の取材によると、入社1年目に提出した企画が採用され、真空ジェシカの初冠番組で企画・構成を担当する機会を得た。
出演者としてカメラの前に立つ仕事から、番組の内容を考え、出演者やスタッフと制作を進める仕事へ。夢屋のキャリアは、段階的にテレビ制作の中心へと移っていった。
【芸人引退理由】ブレイク中の2019年10月に決断していた
夢屋まさるの引退について、最も驚かれたのはタイミングだろう。2019年に大ブレイクした芸人が、わずか数年後ではなく、人気が高まっていた最中から引退を考えていたのである。
人気絶頂期に感じていた将来への不安
2022年2月18日公開のENCOUNTのインタビューで、夢屋は引退を決めた時期について、2019年10月だったと説明している。
「ここがピーク。芸人は辞めよう」
本人の説明によれば、その年の話題の人に贈られる賞を受けることが決まり、自分が生み出したキャラクターが一つの到達点に達したという達成感があった。一方で、人気を維持し続けることの難しさも感じていた。
つまり、引退の理由は芸人として売れなかったからではない。むしろ、成功を経験したうえで、その成功を長期的に維持することが自分にとって最善の選択なのかを考えた結果だった。
慶應義塾大学卒業と就職活動
慶應塾生新聞のラストインタビューによると、夢屋は2019年10月頃には芸人を辞める方向で考えており、2022年卒業の学生と同じタイミングで就職活動を進めていた。
芸人を続ける選択肢を残しながらも、企業のインターンに参加し、一般企業への就職を目指していたという。周囲には、就職先などが決まってから報告したとも明かしている。
当初は2021年3月末の引退も考えていたが、新型コロナウイルスの影響で生活が大きく変わり、思うようにできなかったことを実現するため、もう1年活動を続ける判断をした。
2022年1月29日に引退を正式発表
夢屋は2022年1月29日、自身のnoteで、同年3月31日をもってサンミュージックを退所し、芸人を引退すると発表した。
「引退した後は、社会人として新しい道で頑張っていきたいと思います!」
さらに、2022年3月27日には最初で最後となる単独ライブを開催。芸人1年目から目標にしていた大きな劇場での単独ライブを実現し、これまでの活動の集大成として最後の舞台に立った。
この引退発表から読み取れるのは、芸人という肩書を否定したのではなく、経験を次の仕事に生かすために自分で区切りをつけたということだ。人気があるうちに次のキャリアへ進む判断は、芸能界では珍しい選択だった。
【テレビ朝日での仕事】企画・構成からプロデューサーへ
芸人を引退した夢屋まさるは、2022年4月にテレビ朝日へ新卒入社した。2022年6月には日刊スポーツなどが入社を報道し、テレビ朝日も事実を認めている。
入社時はバラエティー制作を希望していたものの、最初に配属されたのはビジネスプロデュース局だった。そこで配信関連の仕事や番組イベント、放送外収入に関わる業務などを担当した。
『ジェシカ美術部』で企画・構成を担当
転機となったのが、テレビ朝日の若手社員が企画を提案できる番組枠「そだてれび」だった。
夢屋は通常業務をこなしながら企画書を提出し、入社1年目に企画が採用された。2023年4月に始まった『ジェシカ美術部』では、真空ジェシカの冠番組の企画・構成を担当している。
芸人時代に培ったお笑いの知識や、出演者の魅力を理解する経験が、番組企画に生かされる機会になった。
『ハマスカ放送部』『激レアさんを連れてきた。』にも参加
MANTANWEBの2025年11月のインタビューによれば、夢屋は入社3年目にあたる2024年から念願のバラエティー制作部へ異動した。
そこでアシスタントディレクター(AD)として携わったのが、『ハマスカ放送部』や『激レアさんを連れてきた。』だ。
一方、ディレクター業務については、映像編集や色味の調整などの技術面に苦手意識を持ったという。優秀なディレクターたちの仕事を間近で見たことで、自分に適した役割を改めて考えるようになった。
プロデューサーという新しい選択
夢屋が次に目指したのは、番組全体を統括するプロデューサーだった。
本人は、細かな調整を得意としていることや、芸人時代に築いた人脈をキャスティングに生かせる可能性を理由に挙げている。上司に希望を伝えたところ、挑戦を後押しされたという。
ここには、芸人時代の経験を単なる過去の肩書にせず、番組制作の実務能力に変えていく姿勢が表れている。
【2026年最新】夢屋まさるの現在と『カズレーザー100%』
夢屋まさるの現在を知るうえで、最も重要なのが2025年11月15日公開のMANTANWEBのインタビュー記事だ。
同記事では、27歳の夢屋がテレビ朝日のプロデューサーとして活動し、カズレーザーが出演する深夜バラエティー『カズレーザー100%』を手がけていることが紹介された。
『カズレーザー100%』とはどんな番組?
『カズレーザー100%』は、テレビ朝日の月替わりバラエティー枠「バラバラマンスリー」で放送された番組だ。
カズレーザーが今やってみたい企画を、気心の知れた仲間たちと楽しむ実験的なバラエティーである。
2024年9月に放送され、2025年11月には約1年ぶりに復活。MANTANWEBの記事によると、夢屋はプロデューサーとしてこの番組を手がけた。
紹介された企画には、次のようなものがある。
- 大鶴肥満グラドル疑惑:ママタルトの大鶴肥満とグラビアアイドルに同じ動きをしてもらい、カーテン越しに見分ける企画。
- ヴィンテージ面白芸人:まだ広く知られていない面白い芸人を推薦し、出演者が名前を当てると即終了する企画。
いずれも、一般的なトーク番組とは異なる発想を楽しむ内容だ。カズレーザーの独特な着眼点を中心に、自由度の高い企画を展開する点が特徴となっている。
カズレーザーとの関係は?芸人時代から続く先輩後輩
夢屋とカズレーザーの関係は、テレビ朝日での仕事から始まったものではない。
2人はサンミュージック時代の先輩・後輩にあたる。2019年のORICON NEWSのインタビューでは、夢屋がカズレーザーとクイズを出し合う交流について語り、目標として「打倒カズレーザーさん」を掲げていた。
その後、2025年のMANTANWEBのインタビューでは、カズレーザーが芸人引退を決めた際に最初に相談した相手だったことも明かされている。現在も食事に連れて行ってもらう関係だという。
さらに、カズレーザーの発想力を以前から高く評価しており、そのアイデアをテレビ番組として形にしたいと考えたことが、『カズレーザー100%』の企画につながった。
2019年には同じ事務所の先輩を目標にしていた夢屋が、数年後には番組を企画・統括する立場で一緒に仕事をするようになった。この変化は、芸人からテレビマンへの転身を象徴するエピソードといえる。
2026年現在の活動をどう捉えるべきか
2026年の現在、夢屋まさるについて押さえておきたいのは、芸人としての活動とテレビ制作の仕事を明確に区別することだ。
2025年11月のMANTANWEBの取材では、テレビ朝日のプロデューサーとして紹介されており、『カズレーザー100%』が代表的な制作実績として取り上げられている。
一方、2025年当時の放送時間や月替わり番組の編成を、そのまま2026年のレギュラー放送情報と考えるのは適切ではない。番組の放送枠と、本人のテレビ朝日での職務は分けて理解する必要がある。
また、芸人時代の「夢屋まさる」という名前についても、2025年の取材で本人はSNS上に残している理由を説明していた。番組のPRやスタッフとの打ち合わせで話題のきっかけになるなど、過去の芸名を仕事上の武器として活用しているという。
かつての芸名を完全に切り離すのではなく、芸人時代の知名度や経験を制作の仕事に生かす。これが、現在の夢屋まさるを理解するうえで重要なポイントだ。
【パンケーキ食べたい芸人】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:パンケーキ食べたい芸人の名前は何ですか?
A1:夢屋まさるです。2019年1月1日放送の日本テレビ系『ぐるナイ おもしろ荘2019』で「パンケーキ食べたい」のリズムネタを披露してブレイクしました。
Q2:夢屋まさるは現在何をしていますか?
A2:芸人を引退後、2022年4月にテレビ朝日へ入社しました。2025年11月のMANTANWEBの取材では、テレビ朝日のプロデューサーとして『カズレーザー100%』を手がけていることが紹介されています。
Q3:夢屋まさるが芸人を引退した理由は何ですか?
A3:本人によると、2019年10月には引退を決めていました。ブレイクしたキャラクターが一つの到達点に達した達成感と、人気を維持する難しさを感じたことが理由です。その経験を新しい仕事に生かしたいと考え、就職活動を進めました。
Q4:夢屋まさるは慶應義塾大学出身ですか?
A4:はい。慶應義塾大学経済学部を卒業しています。慶應義塾高校時代から芸人として活動し、大学在学中も芸能活動を続けていました。
Q5:「パンケーキ食べたい」の元ネタは何ですか?
A5:喫茶店に貼られていた期間限定パンケーキのポスターが発想のきっかけです。きゃりーぱみゅぱみゅの「原宿いやほい」を聴いていたこともリズムの着想につながり、振り付けには当時TikTokにあった動きを参考にしたと本人がORICON NEWSで説明しています。
Q6:夢屋まさるとカズレーザーはどのような関係ですか?
A6:芸人時代のサンミュージックの先輩・後輩です。夢屋はカズレーザーの発想力を評価しており、テレビ朝日ではプロデューサーとして『カズレーザー100%』を手がけています。
Q7:夢屋まさるは芸人に復帰する予定がありますか?
A7:芸人復帰を正式に発表した情報はありません。2022年の引退発表では社会人として新しい道へ進む意思を示しており、その後はテレビ朝日の番組制作に携わっています。
まとめ:夢屋まさるは芸人からテレビ朝日のプロデューサーへ
「パンケーキ食べたい芸人」として2019年にブレイクした夢屋まさるは、2022年3月に芸人を引退し、同年4月にテレビ朝日へ入社した。
引退を決めたのは、実はブレイク中の2019年10月。人気を維持する難しさを考え、芸人としての経験を別の仕事に生かす道を選んだ。慶應義塾大学で学びながら芸能活動を続けた経歴も、その後のキャリア形成につながっている。
テレビ朝日入社後は、ビジネスプロデュース局での業務、番組企画、企画・構成、制作現場でのAD経験を経て、2025年には20代でプロデューサーに抜てきされたことが報じられた。代表的な仕事として紹介されたのが、先輩芸人カズレーザーとタッグを組む『カズレーザー100%』だ。
【プロの結論】夢屋まさるのキャリアで注目すべきなのは、一発屋として消えた芸人ではなく、ブレイクを経験したうえで、自分の適性に合う新しい職業を選択した人物だという点である。
芸人として培った企画力や出演者との関係性は、テレビ制作の現場でも生かせる。さらに、演者側の視点を持つプロデューサーは、出演者の魅力を引き出す企画や、新しい才能を発掘する番組づくりにも強みを発揮できる。
2025年のインタビューで夢屋が語ったのは、かつて自分を発掘してくれた『おもしろ荘』のように、まだ知られていない芸人に活躍のきっかけを与えられる番組を作りたいという思いだった。
「パンケーキ食べたい」で世間に名前を知られた芸人が、今度は新しい芸人を世に送り出す側へ。夢屋まさるの現在は、単なる転職の話にとどまらず、エンターテインメントの世界で自分の経験を次の世代につなげるキャリアの転換例として注目される。
主な取材・確認資料
- ENCOUNT(2022年2月18日):引退決断の時期と理由に関する本人インタビュー。
- 夢屋まさる本人のnote(2022年1月29日):引退・事務所退所の公式発表。
- 慶應塾生新聞デジタル(2022年3月23日):大学生活と引退理由に関するラストインタビュー。
- ORICON NEWS(2019年2月19日):パンケーキネタの誕生秘話。
- MANTANWEB(2025年11月15日):テレビ朝日での経歴と『カズレーザー100%』のプロデューサー活動。