上川口屋はどんな駄菓子屋?創業1781年の歴史と2026年の営業情報を徹底解説
東京都豊島区雑司が谷。池袋のにぎやかな街並みから少し離れた雑司ヶ谷鬼子母神堂の境内に、江戸時代から続く小さな駄菓子屋「上川口屋(かみかわぐちや)」がある。創業は1781年(天明元年)。約245年の歴史を持ち、東京最古、さらには日本最古の駄菓子屋の一つとして紹介されてきた老舗だ。
そのルーツは、加賀藩前田家との縁を持つ飴屋にある。戦後の時代変化を経て駄菓子屋へと姿を変え、現在は13代目の内山雅代さんが受け継いできた。2026年にはテレビ番組でも取り上げられ、昔ながらの店構えと駄菓子の魅力が改めて注目されている。営業時間や休業日の目安、人気商品、ジブリ映画『おもひでぽろぽろ』との関係まで、訪問前に知っておきたい情報を整理する。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 創業1781年:加賀藩前田家ゆかりの飴屋をルーツに持つ、東京最古級の駄菓子屋。
- 13代目の店主:内山雅代さんが長年家業を守り、きなこ棒など昔ながらの駄菓子を販売している。
- 2026年の営業情報:公開情報では10時~17時が営業時間の目安。雨・雪・台風などの悪天候時は休業する場合がある。
【上川口屋とは?】雑司ヶ谷鬼子母神堂に残る東京最古級の駄菓子屋
上川口屋は、東京都豊島区雑司が谷3丁目にある昔ながらの駄菓子屋だ。最大の特徴は、一般的な商店街や住宅街ではなく、歴史ある雑司ヶ谷鬼子母神堂の境内に店を構えていることにある。
木造の建物に掲げられた屋号、店頭に並ぶ駄菓子、昔ながらの菓子箱。現代的な店舗とは異なる独特の佇まいがあり、初めて訪れる人にも強い印象を残す。
創業年として掲げられているのは1781年。江戸幕府では第10代将軍・徳川家治が政権を担っていた時代である。フランス革命が起こる8年前にあたり、現在の東京とはまったく異なる生活文化の中で商売が始まった。
なぜ「日本最古の駄菓子屋」と呼ばれるのか
上川口屋は、東京最古の駄菓子屋、あるいは日本最古の駄菓子屋として多くのメディアに紹介されている。
ただし、創業当初から現在と同じ形の駄菓子屋だったわけではない。始まりは参詣客向けの飴屋であり、時代に合わせて取り扱う商品を変えてきた。
つまり、約245年という歴史は、同じ商品を売り続けてきた歴史ではなく、場所と商いを受け継ぎながら変化してきた歴史でもある。
その意味で、上川口屋の価値は単純な創業年の古さだけでは測れない。江戸時代の参詣文化、戦後の商業環境、昭和の子どもたちの遊び場、そして現代の観光文化まで、異なる時代の人々をつないできた点にある。
【創業1781年の真相】加賀藩前田家ゆかりの飴屋から駄菓子屋へ
上川口屋の歴史を理解するうえで欠かせないのが、雑司ヶ谷鬼子母神堂と加賀藩前田家との関係だ。
前田家と鬼子母神堂を結ぶ歴史
豊島区の公式資料によると、現在の雑司ヶ谷鬼子母神堂の本殿は、1664年(寛文4年)、第二代広島藩主・浅野光晟の正室である自昌院の寄進によって建立された。
自昌院は、加賀藩主・前田利常の娘である満姫にあたる人物だ。この歴史的背景が、鬼子母神堂と前田家とのつながりを示している。
上川口屋については、この境内で商いをしていた飴屋が加賀藩前田家御用達となったという由緒が伝えられている。参詣土産として飴を販売していたことが、現在の駄菓子屋につながる出発点だった。
ただし、鬼子母神堂の建立年である1664年と、上川口屋の創業年である1781年は別の出来事だ。店舗の創業年は、天明元年の譲渡証文などに基づいて伝えられている。
1781年以前にも存在した川口屋の飴売り
興味深いのは、国立国会図書館の和菓子史に関する解説にも、雑司ヶ谷の飴売り「川口屋」に関する歴史的記録が登場することだ。
同館が紹介する江戸幕府編纂の地誌『御府内備考』には、正徳年間(1711~1716年)に鬼子母神境内で手製の飴を売る商人が現れ、評判になったことが記されている。その商人が川口屋という屋号を名乗り、後には別の商人も同じ屋号を使うようになったという。
この記録は、雑司ヶ谷で飴の商いが1781年より前から盛んだったことを示す。ただし、1711~1716年の飴売りと現在の上川口屋の家系が直接つながることまで証明するものではない。
上川口屋の歴史と転換点を年表で整理
| 年代 | 関係する人物・出来事 | 歴史的な意味 |
|---|---|---|
| 1664年 | 自昌院による鬼子母神堂本殿の寄進 | 前田家と鬼子母神堂の歴史的なつながり |
| 1711~1716年 | 雑司ヶ谷境内の川口屋の飴売り | 国立国会図書館が紹介する江戸時代の飴売りの記録 |
| 1781年 | 上川口屋の創業年 | 飴店・人形店に関する譲渡証文が伝わる |
| 1834~1836年 | 『江戸名所図会』の刊行 | 雑司ヶ谷の飴が地域の名物として知られていた時代 |
| 1950年頃 | 飴屋から駄菓子屋へ転換 | 戦後の経済環境や職人の死去などが転換の背景 |
| 1991年 | 映画『おもひでぽろぽろ』公開 | 関連する販促用イラストのモデルとして知られる |
| 2025~2026年 | テレビ東京などで紹介 | 国内外の観光客からも関心を集める |
1950年頃、なぜ飴屋から駄菓子屋に変わったのか
上川口屋が現在につながる駄菓子屋へと転換したのは、1950年頃とされている。
2019年のITmediaビジネスオンラインの取材記事では、転換の背景として、飴を製造していた職人が急死したこと、さらに飴の材料費が高騰していたことが紹介されている。
戦後の経済的に厳しい時期に、高級な飴を従来どおり製造・販売し続けることは難しかった。そこで商売の方向性を変え、手頃な価格で子どもたちが楽しめる駄菓子を中心とした店舗へと変わっていった。
かつての飴には柚子の香りがあり、米を使った和風の飴なども扱っていたという。内山雅代さんの取材証言によれば、昔の味を復活させようとしたこともあったが、職人が亡くなった際に製法を記したレシピが残されておらず、完全な再現には至らなかった。
この転換は、単なる商品の入れ替えではない。製造技術を失った老舗が、伝統を残すために商売そのものを変えた歴史的な判断だった。
【13代目・内山雅代さん】上川口屋を守り続ける店主の現在
上川口屋の歴史を語るうえで、13代目店主の内山雅代さんの存在は欠かせない。
内山さんは幼い頃から母親の手伝いとして店に立ち始めた。東海教育研究所のウェブマガジン「かもめの本棚」の取材では、9歳か10歳頃から店を手伝い、70年近く店に携わってきたことを語っている。
子ども時代から続く店番と世代を超えた交流
昔の上川口屋の前は、近所の子どもたちが集まる遊び場でもあった。
学校帰りに駄菓子を買いに来る子どもたちを見守り、成長したかつての常連客が大人になってから再び訪れる。さらに、その人が親になり、自分の子どもを連れてくることもあるという。
内山さんにとって、駄菓子の販売は単に商品を渡して代金を受け取る仕事ではない。子どもの頃から知っている客との関係を保ち、地域の暮らしの中に店を残すことでもある。
2023年の「おとなの週末Web」の取材では、子どもの頃からの常連客が大人になり、家族を連れて再び訪れる様子も紹介された。
2025年から2026年にかけてのメディア出演
内山さんはテレビ番組でも取り上げられている。
2025年6月30日放送のテレビ東京系「YOUは何しに日本へ?」では、駄菓子を楽しみに来日した外国人女性が上川口屋を訪問。内山さんが13代目店主であることや、店の歴史、駄菓子へのこだわりが紹介された。
番組では、内山さんが英会話を勉強して外国人客と交流していることや、毎朝のピアノ演奏を健康習慣として続けていることも取り上げられた。
さらに、2026年8月31日放送の同番組でも、上川口屋が駄菓子巡りの訪問先として再び紹介されている。2026年8月の現地訪問記録にも店主が接客する様子が記されており、少なくとも同年夏には営業していたことがうかがえる。
2026年11月現在、内山さんの最新の年齢や今後の後継体制については、新たな公式発表を確認できない。一方、2026年のテレビ放送や現地訪問記録は、長い歴史を持つ店が現在も人々に親しまれていることを示す材料となっている。
【上川口屋の駄菓子】13代目おすすめの人気商品と懐かしい定番
上川口屋の魅力は、歴史的な建物だけではない。店内には、昔ながらの駄菓子が並び、子どもから大人まで楽しめる品ぞろえがある。
過去の取材では約100種類の駄菓子が紹介されており、色とりどりの商品が昔ながらの木箱や容器に並ぶ光景も特徴的だ。
内山雅代さんのおすすめは「きなこ棒」
2025年6月のテレビ東京の番組で、内山さんがおすすめする駄菓子の第1位として紹介されたのがきなこ棒だ。
きなこと黒糖などを使った素朴な甘さが特徴で、昔ながらの駄菓子らしい味わいを楽しめる。くじ付きの商品もあり、当たりが出るかどうかを楽しむ遊びの要素も残っている。
2017年の「おとなの週末Web」でも、きなこ飴が人気商品として紹介されている。長い年月を経ても、きなこを使った駄菓子が店の象徴的な存在であることが分かる。
テレビ番組などで紹介された懐かしい駄菓子
- きなこ棒:内山さんがおすすめする代表的な駄菓子。素朴な甘さとくじの楽しさが魅力。
- モロッコヨーグル:小さな容器に入った、昔ながらのヨーグルト風味のお菓子。
- ふ菓子:軽い食感と黒糖の甘みが親しまれてきた定番商品。
- みつあんず:甘酸っぱい味わいを楽しめる昔ながらのお菓子。
- ミルクせんべい:軽い食感が特徴の懐かしい駄菓子。
- フエラムネ:吹くと音が出る、遊び心のあるラムネ菓子。
- あん玉:昔から親しまれている、あんこを使った和風の駄菓子。
これらは過去の取材やテレビ番組で紹介された商品であり、訪問当日にすべての商品が販売されているとは限らない。
100年以上使われてきた桐の箱も見どころ
上川口屋では、駄菓子だけでなく陳列方法にも歴史が残る。
東海教育研究所の取材記事では、100年以上使用されている桐の箱が紹介されている。そこに駄菓子を並べる姿は、現代のスーパーマーケットやコンビニとは異なる昔ながらの買い物風景を伝えている。
また、値札を見て商品を選ぶだけでなく、店主に値段を尋ねたり、小銭を数えたりするやり取りも、昔の駄菓子屋らしい魅力として語られている。
【営業時間・定休日・アクセス】上川口屋を訪問する前の最新情報
実際に上川口屋を訪れるなら、営業時間と天候による休業に注意したい。
都営交通の沿線お出かけ情報サイト「さくらたび。」が2025年秋に掲載した店舗情報では、営業時間は10時から17時まで、定休日は雨・雪・台風などの悪天候の日とされている。
営業時間と定休日の目安
- 営業時間:10:00~17:00
- 定休日:雨・雪・台風などの悪天候の日
- 休業形態:基本的には営業し、天候によって臨時休業する形式として紹介されている。
- 住所:東京都豊島区雑司が谷3-15-20(雑司ヶ谷鬼子母神堂境内)
上川口屋は一般的な定休日を設けている店舗とは異なり、天候の影響を受ける。晴れている日でも臨時の事情で営業状況が変わる可能性があるため、遠方から訪れる場合は余裕を持った計画が望ましい。
なお、豊島区公式ホームページに記載されている鬼子母神堂自体の開堂時間は9時~17時、定休日は無休。これは境内にある上川口屋の営業時間・休業日とは別の情報なので、混同しないようにしたい。
上川口屋へのアクセスと最寄り駅
上川口屋は池袋からも徒歩圏内にあり、東京メトロと都電荒川線を利用するとアクセスしやすい。
- 東京メトロ副都心線:雑司が谷駅から徒歩約3~5分。
- 東京さくらトラム(都電荒川線):鬼子母神前停留場から徒歩約3分。
- JR池袋駅:東口から徒歩約15分。
初めて訪れる場合は、東京メトロ副都心線の雑司が谷駅、または都電荒川線の鬼子母神前停留場を利用すると分かりやすい。
境内に入ると、歴史ある鬼子母神堂や大イチョウ、参道の風景とともに上川口屋を見つけられる。店舗だけを目的にするのではなく、境内を散策しながら訪れるのもおすすめだ。
2026年の営業状況はどうなっている?
2026年の営業状況を判断するうえで参考になるのが、同年8月31日に放送されたテレビ東京の番組である。外国人旅行者が上川口屋を訪れる様子が紹介され、同年夏の営業実態をうかがわせる情報となった。
また、2026年8月の現地訪問記録にも、店主が店頭で接客していた様子が記されている。2025年秋の都営交通の店舗紹介でも営業時間と悪天候時の休業情報が掲載されている。
これらの情報から、2026年夏まで営業していたことは確認できる。ただし、2026年11月1日の当日営業や、その後の営業時間変更まで保証するリアルタイム情報ではない。
特に雨や台風、雪の日は休業する可能性がある。訪問予定日に天候が悪い場合は、無理に足を運ばず、天候が回復した日に予定を変更することも検討したい。
【ジブリとの関係】上川口屋は『おもひでぽろぽろ』のモデルなのか
上川口屋を調べると、スタジオジブリの映画『おもひでぽろぽろ』との関係も検索される。
1991年公開の同作品は、高畑勲監督によるアニメーション映画だ。昭和の子ども時代の記憶や日常の風景を描いた作品として知られている。
モデルになったのは映画の販促用イラスト
上川口屋と『おもひでぽろぽろ』の関係で押さえておきたいのは、映画本編と販促用イラストの違いだ。
テレビ東京の2025年6月の取材記事では、作品の販促用イラストに、主人公が駄菓子屋で買い物をする様子と、店を切り盛りする内山雅代さんを思わせる人物が描かれていることが紹介された。
一方、ジブリ作品の情報を扱うファンサイト「ジブリのせかい」の現地訪問記事では、上川口屋が映画本編にそのまま登場するのではなく、販促用イラストのモデルになったと説明されている。
つまり、上川口屋は映画の舞台としてそのまま登場する場所というより、作品が表現する昭和の駄菓子屋の世界観を形にした実在のモデルとして理解するのが正確だ。
なぜ作品のファンにも人気なのか
理由は、店の外観と作品が描く昭和の生活風景に共通点があるためだ。
木造の店舗、昔ながらの駄菓子の陳列、子どもたちが集まる場所としての役割。これらは、昭和の暮らしを知る人にとって懐かしく、若い世代には新鮮な光景でもある。
映画のファンにとっては、作品の背景にある生活文化を実際の街で感じられる場所となっている。ジブリ関連の観光地を巡る際にも、雑司が谷を訪れる理由の一つになるだろう。
【プロの結論】上川口屋の本当の価値は245年の歴史と地域のつながりにある
上川口屋の魅力を創業年だけで説明することはできない。
1781年から続く商いの歴史、加賀藩前田家と鬼子母神堂をめぐる由緒、戦後に飴屋から駄菓子屋へ転換した経営判断、そして13代目の内山雅代さんが守ってきた地域との関係。これらが重なり合って、現在の上川口屋を形づくっている。
上川口屋が長く続いてきた3つの理由
1. 時代に合わせて商売を変えてきたこと。
かつての高級飴屋から駄菓子屋へと転換した判断は、伝統を守ることと、従来の商売の形を守ることが必ずしも同じではないと教えてくれる。商品を変えても、店を続けるという目的は変わらなかった。
2. 地域の人々との関係を大切にしてきたこと。
子どもの頃に通った客が大人になり、さらに次の世代を連れてくる。上川口屋は、駄菓子を売るだけでなく、地域の人々の記憶が積み重なる場所として機能してきた。
3. 昔ながらの魅力を残しながら新しい客層を迎えていること。
外国人観光客や若い世代、ジブリ作品のファンなど、現在の来店客は昔の近所の子どもたちだけではない。2025年、2026年のテレビ番組でも取り上げられ、歴史ある駄菓子屋が新たな観光資源として認識されている。
訪問がおすすめの人・注意したい人
- おすすめ:昔ながらの駄菓子屋を体験したい人、江戸時代から続く老舗に興味がある人、昭和の風景が好きな人。
- おすすめ:子どもと一緒に駄菓子を選びたい家族や、ジブリ作品の背景にある文化を感じたい人。
- 注意したい人:営業時間や営業日が厳密に決まった観光施設を期待する人。天候による休業があるため、訪問日には注意が必要。
- 注意したい人:特定の商品を必ず購入したい人。過去に紹介された商品でも、当日の在庫までは保証されない。
上川口屋を訪れる価値は、珍しい商品を買うことだけではない。江戸時代から続く場所に立ち、昔と変わらない買い物の風景を感じることにある。
【上川口屋に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:上川口屋は何年創業ですか?
A1:1781年(天明元年)創業とされています。2026年には創業から245年を数える歴史を持つ老舗です。もともとは飴屋として始まり、戦後の1950年頃に駄菓子屋へ転換しました。
Q2:上川口屋の営業時間と定休日は?
A2:公開されている店舗情報では10時~17時が営業時間の目安です。雨・雪・台風などの悪天候時には休業する場合があります。訪問当日の営業状況には注意してください。
Q3:上川口屋の13代目店主は誰ですか?
A3:13代目店主として紹介されているのは内山雅代さんです。幼い頃から店を手伝い、長年にわたって上川口屋を守ってきました。2025年のテレビ取材でも店主として紹介されています。
Q4:上川口屋で人気の駄菓子は何ですか?
A4:内山さんのおすすめとして紹介されたのは、きなこ棒です。そのほか、モロッコヨーグル、ふ菓子、みつあんず、ミルクせんべい、フエラムネなどもテレビ番組で紹介されています。
Q5:上川口屋は『おもひでぽろぽろ』の映画本編に登場しますか?
A5:正確には、映画の販促用イラストのモデルとして知られています。実際の店舗や内山雅代さんを思わせる人物が描かれていますが、映画本編に店舗がそのまま登場するという説明は正確ではありません。
Q6:上川口屋へのアクセス方法は?
A6:東京都豊島区雑司が谷3-15-20、雑司ヶ谷鬼子母神堂の境内にあります。東京メトロ副都心線の雑司が谷駅から徒歩約3~5分、都電荒川線の鬼子母神前停留場から徒歩約3分です。
Q7:2026年現在も上川口屋は営業していますか?
A7:2026年8月31日のテレビ東京の番組で訪問先として紹介され、同年夏の現地訪問記録でも営業の様子が報告されています。ただし、11月以降の毎日の営業を保証する情報ではありません。悪天候による臨時休業もあるため、訪問前に最新情報を確認することをおすすめします。
まとめ:上川口屋は江戸時代から現在へ続く雑司が谷の貴重な老舗
上川口屋は、1781年に創業したとされる雑司ヶ谷鬼子母神堂境内の駄菓子屋だ。加賀藩前田家ゆかりの飴屋をルーツに持ち、戦後の時代変化を経て、現在の駄菓子屋へと姿を変えてきた。
13代目の内山雅代さんが長年守ってきた店には、きなこ棒やふ菓子などの懐かしい駄菓子が並ぶ。さらに『おもひでぽろぽろ』の販促用イラストとの関係もあり、歴史好きだけでなく映画ファンや海外からの観光客にも知られる存在となった。
2026年の公開情報では、営業時間は10時~17時が目安で、雨・雪・台風などの悪天候時は休業する場合がある。訪問する際は、天候と当日の営業状況を確認しておきたい。
約245年という時間を経ても、子どもたちが駄菓子を選び、大人になった常連客が再び店を訪れる。その変わらない光景こそ、上川口屋が現在まで受け継がれてきた最大の魅力なのだ。
主な事実確認資料: 豊島区公式ホームページ、国立国会図書館、ITmediaビジネスオンライン、テレビ東京、東京都交通局の沿線情報、東海教育研究所。 (出典: 上 川口 屋(Yahoo!ニュース))