フジファブリックメンバーの現在は?歴代の加入・脱退と2026年の活動を徹底解説
2026年現在、フジファブリックはどうなっているのでしょうか。2000年に志村正彦を中心に結成されたロックバンドは、2004年のメジャーデビュー時には5人編成でした。その後、2009年の志村正彦の急逝を乗り越え、山内総一郎・金澤ダイスケ・加藤慎一の3人体制で活動を継続してきました。
しかし、2025年2月をもって活動を休止。最後のメンバー構成や歴代メンバーの加入・脱退の経緯、志村正彦の死去後にバンドが歩んだ道、そして2026年現在の3人それぞれの活動状況には、知っておきたい重要な変化があります。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 現在のバンド状況: フジファブリックは2025年2月をもって活動休止。最後のメンバーは山内総一郎・金澤ダイスケ・加藤慎一の3人。
- 歴代メンバー: 志村正彦を中心に結成され、2004年のメジャーデビュー時は足立房文を含む5人編成。足立は2006年に脱退した。
- 2026年の最新状況: 山内はソロアーティスト、加藤はcrowzetとして活動。金澤も本人名義で情報発信を続けている。バンドの再始動は正式発表されていない。
【2026年最新】フジファブリックの現在のメンバーは誰?
最初に押さえておきたいのは、2026年現在、フジファブリックは現役でライブ活動を続けているバンドではないという点です。
2025年2月に活動を休止しており、現在のバンドメンバーという表現よりも、活動休止前の最後のメンバーという理解が正確です。
最後のメンバーは3人
活動休止前のメンバーは、次の3人でした。
- 山内総一郎: ボーカル・ギター
- 金澤ダイスケ: キーボード
- 加藤慎一: ベース
この3人は、2009年12月に志村正彦が亡くなった後、フジファブリックを継続してきた中心メンバーです。
2011年に3人体制で正式に活動を再開し、その後もアルバム制作、全国ツアー、フェス出演などを重ねてきました。
2025年2月に活動休止
2024年7月3日、フジファブリックは公式サイトを通じて、2025年2月をもって活動を休止すると発表しました。
メジャーデビュー20周年を迎えた年の発表だったこともあり、ファンに大きな衝撃を与えました。
ただし、発表されたのは解散ではなく活動休止です。
メンバー3人がそれぞれ新しい道へ進むことになり、将来的にフジファブリックという名前で再び活動する可能性についても、当時は明確な結論が出されていませんでした。
つまり、2026年現在の状況を整理すると、最後の正式メンバーは3人ですが、バンドとしての活動は休止中です。
【メンバープロフィール】志村正彦・山内総一郎・金澤ダイスケ・加藤慎一の経歴
フジファブリックの歴史を理解するには、中心人物だった志村正彦と、その後のバンドを支えた3人の経歴を知ることが欠かせません。
志村正彦|フジファブリックを結成した中心人物
基本プロフィール
- 名前:志村正彦(しむら・まさひこ)
- 生年月日:1980年7月10日
- 出身地:山梨県富士吉田市
- 担当:ボーカル・ギター
- バンドでの役割:結成の中心人物、メインソングライター
志村正彦は2000年、地元の山梨県から上京し、フジファブリックを結成しました。
独特の言葉選びと、懐かしさや不思議さを同時に感じさせるメロディーが特徴で、バンドの音楽的な個性を形づくった人物です。
代表曲には「若者のすべて」「茜色の夕日」「銀河」「赤黄色の金木犀」などがあります。
2009年には4枚目のアルバム『CHRONICLE』を発表し、全国ツアーなど精力的な活動を続けていました。
しかし、同年12月24日、志村は29歳で急逝しました。
突然の訃報は音楽業界にも大きな衝撃を与えました。バンドは存続の危機に直面しましたが、残されたメンバーは志村の楽曲と音楽的な意志を受け継ぐ道を選びました。
山内総一郎|志村の後を継いだボーカル・ギター
基本プロフィール
- 名前:山内総一郎(やまうち・そういちろう)
- 生年月日:1981年10月25日
- 出身地:大阪府
- 加入時期:2004年1月
- 担当:ギター、ボーカル
山内総一郎は、メジャーデビュー前の2004年1月にフジファブリックへ加入しました。
当初はギタリストとして活動し、志村正彦とともにバンドのサウンドを支えていました。
2009年の志村の死去後、バンドを継続する過程でボーカルの役割も担うようになります。
2011年以降はボーカル・ギターとしてバンドの中心を担い、作詞・作曲にも携わりました。
志村の歌声とは異なる魅力を持ちながら、フジファブリックの音楽性を発展させた存在です。
2025年からはソロ活動を本格化。2026年7月にはソロ初のフルアルバム『A』を発売し、10月には次作『UN』のリリースと2027年の全国ツアーを発表しています。
金澤ダイスケ|独特の音楽性を支えたキーボーディスト
基本プロフィール
- 名前:金澤ダイスケ(かなざわ・だいすけ)
- 生年月日:1980年2月9日
- 出身地:茨城県久慈郡大子町
- 加入時期:2003年1月
- 担当:キーボード
金澤ダイスケは2003年1月に正式加入しました。
ピアノをはじめとする鍵盤楽器の演奏を得意とし、フジファブリックの特徴的なサウンドを支えてきた人物です。
バンドの楽曲には、ロックの枠にとどまらない多彩な音楽的要素が取り入れられています。
その独特なアレンジや演奏において、金澤の存在は欠かせませんでした。
2011年以降もキーボード担当として活動し、2024年に発売された12枚目のアルバム『PORTRAIT』にも参加しています。
2023年、同アルバムの制作中に20周年イヤーを終えた後の脱退意向をメンバーに伝えたことが、最終的にバンドの活動休止につながりました。
2026年現在は本人名義のnoteで近況を発信しています。
加藤慎一|バンドを長年支えたベーシスト
基本プロフィール
- 名前:加藤慎一(かとう・しんいち)
- 生年月日:1980年8月2日
- 出身地:石川県金沢市
- 加入時期:2003年1月
- 担当:ベース
加藤慎一は2003年1月に正式加入したベーシストです。
エレキベースだけでなく、シンセベースやウッドベースなども扱う幅広い演奏技術を持っています。
フジファブリックではリズム面を支えるだけでなく、バンドの楽曲制作にも関わってきました。
志村正彦の死去後も山内・金澤とともに活動を継続し、2011年から2025年までの3人体制を支えました。
活動休止後は、2025年4月からソロプロジェクト「crowzet(クロウゼット)」を始動。
音楽活動に加え、趣味を生かした怪談トークライブなども開催しています。
【歴代メンバー年表】初期メンバーから5人編成、3人体制まで
フジファブリックは、結成当初から同じメンバーで活動していたわけではありません。
加入と脱退を重ねながら、メジャーデビュー時の5人編成へと発展しました。
結成当初のメンバー
2000年の結成時は、志村正彦を中心に、渡辺隆之、渡辺平蔵、小俣梓司らが参加していました。
その後、メンバーの入れ替わりがあり、萩原彰人、加藤雄一、田所幸子らも在籍しています。
2003年以降は金澤ダイスケと加藤慎一が正式加入し、さらに山内総一郎と足立房文が加わることで、メジャーデビュー時の5人編成が整いました。
フジファブリックのメンバー変遷・年表
| 時期 | メンバー・出来事 | バンドの状況 |
|---|---|---|
| 2000年 | 志村正彦を中心に結成。渡辺隆之、渡辺平蔵、小俣梓司らが参加 | 初期編成 |
| 2001〜2002年 | 萩原彰人、加藤雄一、田所幸子らが在籍 | メンバー交代を経験 |
| 2003年1月 | 金澤ダイスケ、加藤慎一が正式加入 | 新体制へ移行 |
| 2004年1月 | 山内総一郎、足立房文が加入 | 5人編成が完成 |
| 2004年4月 | シングル「桜の季節」でメジャーデビュー | メジャー初期 |
| 2006年3月 | 足立房文が脱退 | 4人体制へ |
| 2009年12月24日 | 志村正彦が急逝 | バンド存続の危機 |
| 2011年 | 山内・金澤・加藤の3人体制で活動継続 | 新体制が本格始動 |
| 2024年7月 | 2025年2月の活動休止を発表 | 20周年イヤー |
| 2025年2月6日 | NHKホールで最後の単独公演 | 活動休止 |
足立房文はなぜ脱退した?
足立房文は2004年のメジャーデビュー時にドラムを担当していたメンバーです。
2006年3月にバンドを脱退しました。
当時のタワーレコードの報道によると、本人は脱退理由として音楽に対する考え方の違いや、自分自身で取り組みたいことが増えた点を挙げています。
メンバーとの話し合いを経て、お互いの発展を考えたうえでの決断でした。
足立の脱退後は4人体制となり、ドラムについては複数のサポートミュージシャンを迎えて活動を続けました。
このため、フジファブリックには正式メンバーとしてのドラマーが常に在籍していたわけではありません。
【志村正彦の死去と2011年の3人体制】バンドはどう再出発した?
フジファブリックの歴史における最大の転換点は、2009年12月24日の志村正彦の急逝です。
志村はバンドの結成者であり、ほとんどの楽曲の作詞・作曲を担ってきました。
そのため、単にボーカルが一人抜けたという問題ではありませんでした。
バンドの音楽的な方向性そのものを支えていた人物を失ったことになります。
志村が残した楽曲を完成させた『MUSIC』
志村の死去後、残されたメンバー3人はバンドを継続するかどうかという大きな決断に直面しました。
2010年7月には、志村が残した新曲のデモをメンバー3人が完成させる形で、5枚目のアルバム『MUSIC』を発売しています。
同アルバムに収録された「夜明けのBEAT」は、テレビ東京系ドラマ『モテキ』の主題歌に起用されました。
志村の音楽を受け継ぎながら、残されたメンバーが新しい作品として世に送り出した重要なアルバムです。
2011年に山内・金澤・加藤の3人体制が始動
2011年4月、山内総一郎、金澤ダイスケ、加藤慎一の3人で活動を継続することが正式に発表されました。
同年9月には、3人体制での最初のアルバム『STAR』をリリース。
山内がボーカル・ギターを担当し、金澤がキーボード、加藤がベースという構成で新たなスタートを切りました。
その後も「徒然モノクローム」「流線形」「LIFE」などを発表し、2014年には初の日本武道館単独公演を実現しています。
3人体制が成功した理由
この時期のフジファブリックを評価するうえで重要なのは、単に志村の代わりとなるボーカリストを立てたわけではないという点です。
山内がボーカルを引き受け、残された3人がそれぞれ作詞・作曲に関わることで、バンド全体の創作体制を再構築しました。
志村時代の楽曲を大切にしながらも、新しいメンバーの個性を音楽に反映させていったのです。
2014年のデビュー10周年、2019年の大阪城ホール公演などは、3人体制が一時的な継続策ではなく、独自の歴史を築いたことを示しています。
【2025年2月に活動休止した理由】金澤ダイスケの脱退意向と最後のライブ
フジファブリックの活動休止については、志村正彦の死去が直接の理由だったと誤解されることがあります。
しかし、公式発表で説明された2025年の活動休止の直接的な経緯は、金澤ダイスケの脱退意向でした。
活動休止のきっかけは2023年の申し入れ
2024年7月3日の公式発表によると、2023年、12枚目のアルバム『PORTRAIT』を制作していた時期に、金澤からメンバーへ申し入れがありました。
その内容は、アルバム制作と20周年イヤーに全力を注ぎ、その後はバンドを脱退したいというものでした。
メンバーとスタッフは何度も話し合いを重ねました。
しかし、金澤の意思は固く、3人のうち一人が脱退する状況でフジファブリックとして活動を継続することは困難と判断されました。
その結果、バンド全体で活動休止を決断しました。
なぜ解散ではなく活動休止なのか
公式発表では、メンバー3人がそれぞれ新たな道へ進むことが説明されています。
また、将来的にそれぞれの活動がフジファブリックという場所につながるのかについては、当時の時点で分からないとされていました。
メンバーは、これまで「絶対に解散しないバンド」という信念を持って活動してきたことにも触れています。
そのため、今回の決断は単純な解散発表とは異なります。
一方で、活動再開の具体的な予定や時期が発表されているわけではありません。
2025年2月6日、NHKホールで最後の単独公演
活動休止前の最後の単独公演となったのは、2025年2月6日に東京・NHKホールで開催された「フジファブリック LIVE at NHKホール」です。
このライブでは、活動休止前の3人体制で制作してきた楽曲を中心に、アンコールを含めて全23曲を披露しました。
セットリストには、次のような楽曲が並びました。
- 「Portrait」
- 「LIFE」
- 「流線形」
- 「赤い果実」
- 「Light Flight」
- 「夜の中へ」
- 「徒然モノクローム」
- 「STAR」
- 「SUPER!!」
- 「破顔」
サポートメンバーとして伊藤大地(ドラム)と朝倉真司(パーカッション)も参加しました。
ライブ終盤には、山内が志村正彦の名前を呼び、客席から大きな拍手が送られました。
さらに、山内は金澤と加藤に対して、これまで一緒にバンドを続けてきたことへの感謝を伝えています。
金澤も20年間の活動への感謝を述べ、最後は3人が肩を組んでステージを後にしました。
この公演については、音楽ニュース各社が詳しいライブレポートを掲載しています。
2025年2月6日は、単なる最後のライブではなく、2009年の志村の死去後に3人で築いてきたフジファブリックの歴史に一つの区切りをつけた日でした。
【2026年最新】活動休止後の山内・金澤・加藤は何をしている?
2026年現在、3人はそれぞれ異なる道を歩んでいます。
活動休止前のメンバーが全員同じ音楽活動をしているわけではなく、ソロプロジェクトや個人での情報発信など、その方向性には違いがあります。
山内総一郎|ソロアーティストとして本格始動
山内総一郎は、2025年から自身の名前を掲げたソロ活動を開始しました。
2025年7月にはレーベルcutting edgeからソロデビューし、A-UNプロジェクトを始動。
2026年にはデジタルシングルを発表し、7月22日には初のソロフルアルバム『A』をリリースしました。
さらに、アルバムを携えた全国ツアーも開催。
2026年10月25日には、次のアルバム『UN』のリリースと2027年の全国ツアー開催を発表しています。
フジファブリック時代に培ったギタープレイや歌唱力を生かしながら、ソロアーティストとして新しい音楽活動を展開しています。
加藤慎一|ソロプロジェクトcrowzetで活動
加藤慎一は2025年4月から「crowzet(加藤慎一 from フジファブリック)」として活動を開始しました。
ベーシストとしての経験を生かしながら、作詞・作曲・歌唱にも取り組んでいます。
2026年7月29日には、crowzet名義の新曲「リビィトミ」を配信リリースしました。
また、自主企画イベント「Finding Youth」を開催するなど、ライブ活動も積極的に行っています。
音楽以外では、怪談をテーマにしたトークライブ「Wondering With You」も継続。
2026年11月にも関連イベントの予定が公表されており、音楽とトークの両面で活動を広げています。
金澤ダイスケ|本人名義で近況を発信
金澤ダイスケについては、山内や加藤のように明確なソロ音楽プロジェクトの展開が大きく発表されている状況ではありません。
一方、本人名義のnoteでは近況や日常についての発信が続いています。
2026年4月には「お知らせ早く言いたい」というタイトルの投稿も公開されています。
また、秋にも継続的に投稿が確認できます。
現在の音楽活動については、本人からの具体的な発表を待つ必要があります。
少なくとも、フジファブリックの再始動や新たな正式メンバー構成について、2026年11月1日までに確定した発表はありません。
3人の2026年活動状況比較
| メンバー | 活動休止後の方向性 | 2026年の主な動き |
|---|---|---|
| 山内総一郎 | ソロアーティスト | 7月にアルバム『A』発売、10月に『UN』と2027年ツアーを発表 |
| 金澤ダイスケ | 個人での情報発信など | 本人名義のnoteを更新 |
| 加藤慎一 | ソロプロジェクトcrowzet | 新曲「リビィトミ」配信、ライブ・怪談イベントを開催 |
このように、活動休止後も3人の音楽的な歩みが止まったわけではありません。
特に山内と加藤は、フジファブリックとは異なる形で新しい音楽活動を進めています。
【よくある質問】フジファブリックメンバーに関するFAQ
Q1:フジファブリックの現在のメンバーは誰ですか?
A1:活動休止前の最後のメンバーは、山内総一郎(ボーカル・ギター)、金澤ダイスケ(キーボード)、加藤慎一(ベース)の3人です。2025年2月以降、バンドとしての活動は休止しています。
Q2:フジファブリックの初期メンバーは誰ですか?
A2:結成当初は志村正彦を中心に、渡辺隆之、渡辺平蔵、小俣梓司らが参加していました。その後、メンバー交代を経て、金澤ダイスケ、加藤慎一、山内総一郎、足立房文らが加わり、2004年のメジャーデビュー時には5人編成となりました。
Q3:志村正彦さんはいつ亡くなりましたか?
A3:2009年12月24日です。享年29歳でした。志村の死去後、山内総一郎、金澤ダイスケ、加藤慎一の3人が活動継続を決め、2011年に新体制で再始動しました。
Q4:足立房文さんが脱退した理由は何ですか?
A4:2006年3月、音楽に対する考え方の違いや、自分自身で取り組みたいことが増えたことなどを理由に脱退しました。その後、バンドはサポートドラマーを迎えて活動を続けました。
Q5:フジファブリックが活動休止した理由は何ですか?
A5:2023年に金澤ダイスケから、アルバム『PORTRAIT』と20周年イヤーを終えた後に脱退したいという申し入れがありました。話し合いの結果、3人体制での活動継続が困難と判断され、2025年2月の活動休止が決まりました。
Q6:フジファブリックの最後のライブはいつですか?
A6:2025年2月6日、東京・NHKホールで開催された「フジファブリック LIVE at NHKホール」です。活動休止前最後の単独公演として全23曲が披露されました。
Q7:フジファブリックは2026年に再結成しますか?
A7:2026年11月1日時点で、バンドの再始動や再結成について正式な発表はありません。山内総一郎と加藤慎一はそれぞれ個人プロジェクトを展開しており、金澤ダイスケも本人名義で情報を発信しています。
まとめ:フジファブリックの歴史と2026年のメンバーの現在
フジファブリックは2000年に志村正彦を中心に結成され、2004年に5人編成でメジャーデビューしました。
2006年の足立房文の脱退、2009年の志村正彦の急逝という大きな転換点を経験しながらも、山内総一郎・金澤ダイスケ・加藤慎一の3人体制で2011年から活動を継続してきました。
しかし、2023年の金澤の脱退意向をきっかけに、2025年2月6日のNHKホール公演を最後に活動を休止しました。
2026年現在の3人の状況を整理すると、次のようになります。
- 山内総一郎:ソロ活動を本格化し、アルバム『A』を発売。次作『UN』も発表。
- 金澤ダイスケ:本人名義のnoteなどで近況を発信。
- 加藤慎一:crowzetとして新曲やライブイベントを展開。
フジファブリックは活動休止という節目を迎えましたが、その音楽が失われたわけではありません。
志村正彦が残した「若者のすべて」や「茜色の夕日」、3人体制で生まれた「夜明けのBEAT」や「LIFE」など、異なる時代の楽曲が現在も聴き継がれています。
フジファブリックのメンバーを調べる際には、2004年の5人編成、2011年以降の3人体制、2025年以降の活動休止という3つの時代を区別することが大切です。
バンドとしての再始動は未定ですが、3人それぞれが歩み始めた新しい音楽の道にも、今後注目が集まります。
主な確認資料: ソニーミュージック公式プロフィール、フジファブリック公式発表、タワーレコードのメンバー加入・脱退に関する記録、JOYSOUNDの2025年ラストライブレポート、山内総一郎・加藤慎一の公式活動情報。