【2026年最新】松崎しげるは現在76歳!生年月日と77歳になる日を確認
松崎しげるさんの年齢を正確に知るには、誕生日を基準に満年齢を計算する必要があります。
所属事務所オフィスウォーカーの公式プロフィールには、1949年11月19日生まれ、1970年デビューと記載されています。この生年月日を基準にすると、2026年11月2日時点では76歳です。
松崎しげるの基本プロフィール
松崎しげる(まつざき・しげる)
- 生年月日:1949年11月19日
- 年齢:76歳(2026年11月2日現在)
- 出身地:東京都
- 職業:歌手・俳優・タレント
- ソロデビュー:1970年
- 代表曲:「愛のメモリー」
- 所属:オフィスウォーカー
77歳になるのは2026年11月19日
年齢の計算で間違えやすいのが、誕生日を迎える前と後の違いです。
1949年11月19日に生まれた松崎さんは、2025年11月19日に76歳になりました。そして、2026年11月19日に77歳を迎えます。
つまり、2026年は喜寿を迎える年ですが、11月18日までは満76歳です。
| 日付 | 年齢 |
|---|---|
| 1949年11月19日 | 誕生 |
| 2025年11月19日 | 76歳 |
| 2026年11月2日 | 76歳 |
| 2026年11月19日 | 77歳・喜寿 |
| 2027年11月19日 | 78歳 |
ポイントは「2026年中に77歳になる」と「2026年11月2日現在77歳」は別の意味だということです。
なお、喜寿とは数え年または満77歳を祝う長寿の節目として知られています。松崎さんの場合、2026年11月19日が満77歳の誕生日に当たります。
【若い頃の経歴】松崎しげるは野球少年から歌手へ!デビューまでの道のり
現在は歌手として知られる松崎しげるさんですが、若い頃から音楽一本で活動していたわけではありません。
実は高校時代、目指していたのはプロ野球選手でした。
高校時代は甲子園を目指す野球少年
2023年の日刊スポーツのインタビューによると、松崎さんは日本大学第一高校の野球部に所属し、甲子園を目指して練習に励んでいました。
ところが、高校2年生のとき、素振りの練習中に先輩のバットが肩に当たり、負傷。野球を続けることを断念します。
本人は当時の心境について、次のように振り返っています。
「この世の終わりと思いましたね」
プロ野球選手になることを信じていた少年にとって、大きな挫折でした。
しかし、音楽との出会いは以前からありました。両親が洋楽好きで、自宅にはレコードがあり、小学4年生の頃にはナット・キング・コールの「スターダスト」を聴いて強い印象を受けたといいます。
野球を断念した後、友人と音楽活動を始め、バンド「アウトバーンズ」を結成。ボーカル兼ギターとして活動し、ヤマハ・ライト・ミュージック・コンテストで全国3位に入賞しました。
1968年にバンド活動、1970年にソロデビュー
松崎さんの音楽人生を語るうえで欠かせないのが、バンド「ミルク」です。
1968年からミルクのメンバーとして活動。当時、宇崎竜童さんがマネジャーを務めていました。
その後、1970年にグループが解散。松崎さんは当初、音楽業界でプロデュースやディレクションを担当する仕事を希望していましたが、周囲の後押しもあり、ソロ歌手として歩き始めます。
ソロデビュー当時は20歳でした。
ただし、デビュー直後からヒット曲に恵まれたわけではありません。CMソングの歌唱などを経験しながら、長い下積みを重ねていきました。
【経歴・年表】1970年デビューから「愛のメモリー」、現在まで
松崎しげるさんの経歴を年代順に整理すると、単なる歌手活動だけでなく、俳優、テレビ出演、音楽イベントの主催へと活躍の幅を広げてきたことが分かります。
松崎しげるの主な活動と転換点
| 年代・年月 | 出来事 | 主な実績・意味 |
|---|---|---|
| 1949年11月 | 東京都で誕生 | 11月19日生まれ |
| 1960年代 | 野球から音楽へ | 高校時代の負傷を機に音楽活動へ |
| 1968年 | ミルクで活動 | バンドとして音楽活動を展開 |
| 1970年 | ソロデビュー | 20歳でソロ歌手に転身 |
| 1975年 | ヤマハ世界歌謡祭 | 「君の住んでいた街」で歌唱賞 |
| 1976年 | マジョルカ音楽祭 | 「愛の微笑」で2位入賞 |
| 1977年 | 「愛のメモリー」発売 | 日本レコード大賞歌唱賞、紅白初出場 |
| 1979年 | 俳優としても活躍 | 「噂の刑事トミーとマツ」に出演 |
| 1980年 | 音楽活動を継続 | 「ワンダフル・モーメント」で東京音楽祭大賞 |
| 2011年 | デビュー40周年 | オールタイムベストを発売 |
| 2015年 | デビュー45周年 | 「松崎しげるの日」制定、黒フェス開始 |
| 2026年 | 喜寿を迎える年 | 11月19日に満77歳 |
この年表で注目したいのは、1970年のデビューから1977年の大ヒットまでに約7年かかっていることです。
20歳でソロ歌手として出発し、30歳になる前に代表曲を世に送り出しました。早期に大スターになったというよりも、地道な活動と経験を積み重ねて評価を獲得したタイプの歌手です。
「愛のメモリー」が松崎しげるの代表曲になった理由
1977年8月に発売された「愛のメモリー」は、松崎しげるさんのキャリアを大きく変えた楽曲です。
実は、この曲には前身があります。
1976年のスペイン・マジョルカ音楽祭に出場した際の曲名は「愛の微笑」でした。同音楽祭で2位に入賞したものの、帰国直後から大きな注目を浴びたわけではありません。
その後、1977年に三浦友和さんが出演する江崎グリコのアーモンドチョコレートのCMソングに起用され、タイトルを「愛のメモリー」に変更して発売。ここから大きなヒットにつながりました。
【受賞歴】愛のメモリーと日本レコード大賞歌唱賞の実績
松崎しげるさんの歌唱力を象徴する実績が、1977年の日本レコード大賞歌唱賞です。
所属事務所の公式プロフィールにも、「愛のメモリー」で日本レコード大賞歌唱賞を受賞したことが記載されています。
ここで注意したいのは、受賞したのは日本レコード大賞の「大賞」ではなく、歌唱賞だという点です。
1977年には紅白歌合戦にも初出場
「愛のメモリー」のヒットによって、松崎さんの知名度は大きく上昇しました。
同じ1977年12月には日本歌謡大賞の放送音楽賞も受賞し、NHK紅白歌合戦に初出場しています。
また、1978年には「愛のメモリー」が第50回記念選抜高校野球大会の入場行進曲に選ばれました。
かつて甲子園を目指して野球に打ち込んでいた松崎さんにとって、音楽を通じて甲子園と再びつながった出来事でもありました。
主な受賞歴
- 1975年:第6回ヤマハ世界歌謡祭「君の住んでいた街」で歌唱賞
- 1976年:スペイン・マジョルカ音楽祭「愛の微笑」で2位入賞
- 1977年:第6回東京音楽祭ゴールデンカナリー賞で最優秀歌唱賞
- 1977年:日本レコード大賞「愛のメモリー」で歌唱賞
- 1977年:日本歌謡大賞「愛のメモリー」で放送音楽賞
- 1978年:太平洋音楽祭で「俺の愛し方」がグランプリ
- 1980年:東京音楽祭で「ワンダフル・モーメント」が大賞
歌唱賞だけでなく、国内外の音楽祭で複数の受賞歴を持つことも、松崎さんの実力を示すポイントです。
【俳優・タレントとしても活躍】松崎しげるのもう一つの顔
松崎しげるさんは歌手としての活動にとどまらず、俳優やバラエティ番組への出演でも親しまれてきました。
代表的な出演作の一つが、TBS系ドラマ「噂の刑事トミーとマツ」です。
1979年から1982年にかけて放送された同作では、国広富之さんと共演。松崎さんは歌手としての力強いイメージとは異なる、親しみやすい俳優としての一面も見せました。
代表的な活動分野
- 歌手活動:「愛のメモリー」「ワンダフル・モーメント」など
- テレビドラマ:「噂の刑事トミーとマツ」など
- 映画・アニメ:「コブラ」の声の出演など
- バラエティー:テレビ番組の司会やタレント活動
- 音楽イベント:「黒フェス」の主催
所属事務所の公式プロフィールにも、ドラマ、CM、バラエティー、ミュージカルなど幅広い活動歴が掲載されています。
松崎さんの特徴は、歌唱力という専門性を軸にしながら、テレビやイベントなど異なるジャンルにも自然に活動を広げてきたことです。
特に「噂の刑事トミーとマツ」は、歌手としての知名度とは別に、幅広い世代に顔と名前を覚えてもらうきっかけになりました。
【2026年最新】黒フェスと松崎しげるの日!77歳を迎える現在の活動
76歳を迎えた2026年も、松崎しげるさんは精力的な活動を続けています。
その象徴が、自身が主催する音楽イベント「黒フェス」です。
9月6日は「松崎しげるの日」
松崎さんといえば、日焼けした肌がトレードマークです。
この特徴にちなんで、2015年7月、一般社団法人日本記念日協会によって9月6日が「松崎しげるの日」として認定されました。
9月6日を「クロ」と読む語呂合わせが由来です。
同じ2015年には、松崎さんが主催する音楽イベント「黒フェス~白黒歌合戦~」もスタートしました。
2026年の黒フェスは通算12回目
TBS NEWS DIGの2026年9月7日付の報道によると、2026年9月6日には東京・豊洲PITで「黒フェス2026~白黒歌合戦~」が開催されました。
通算12回目となる今回も、松崎さんを中心に、ももいろクローバーZやT.N.T、山内惠介さん、私立恵比寿中学など、ジャンルの異なるアーティストが出演しました。
松崎さんは、長年フェスを続けてきたことについて、若いアーティストから刺激を受けた12年間だったと振り返っています。
また、同日の取材では、年齢について次のように語っています。
「歳はもうただただ数字みたいなもん」
さらに、今後何歳まで活動するのかという質問には、
「もう生きてる限り!」
と答えました。
この発言からも、年齢を理由に活動を縮小するのではなく、ステージに立ち続けることを大切にしている姿勢が伝わります。
2026年11月以降の活動にも注目
所属事務所の公式ニュースには、2026年11月4日に丸の内コットンクラブで開催予定の「松崎しげる 喜寿77 LIVE~生涯現役~」が掲載されています。
さらに、12月19日にはグランドホテル神奈中でクリスマスディナーショーも予定されています。
11月4日のライブは、実際の77歳の誕生日である11月19日より前の開催です。「喜寿77」という公演タイトルは、77歳を迎える節目を記念したものと理解すると、年齢計算との食い違いもありません。
2026年11月2日現在76歳でありながら、喜寿を記念するライブを控え、さらに年末のディナーショーも予定されていることは、現在の活動状況を示す具体的な情報です。
【松崎しげるの年齢】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:松崎しげるは現在何歳ですか?
2026年11月2日現在、76歳です。1949年11月19日生まれで、2026年11月19日に77歳になります。
Q2:松崎しげるの生年月日と誕生日はいつですか?
1949年11月19日です。毎年11月19日が誕生日で、2026年は77歳の誕生日を迎えます。
Q3:松崎しげるは何年にデビューしましたか?
1970年にソロ歌手としてデビューしました。20歳のときです。1977年には「愛のメモリー」がヒットし、日本レコード大賞歌唱賞を受賞しました。
Q4:松崎しげるの代表曲は何ですか?
代表曲として広く知られているのは「愛のメモリー」です。1977年に発売され、日本レコード大賞歌唱賞を受賞したほか、NHK紅白歌合戦への初出場にもつながりました。
Q5:松崎しげるの日はいつですか?
毎年9月6日です。「クロ」という語呂合わせと、松崎さんの日焼けした肌にちなんで2015年に日本記念日協会に認定されました。同日には主催イベント「黒フェス」も開催されています。
Q6:松崎しげるは2026年に77歳になりましたか?
11月2日時点では、まだ76歳です。2026年11月19日に77歳になります。2026年は喜寿を迎える年に当たります。
まとめ:松崎しげるは76歳!77歳を迎えても生涯現役を目指す歌手
松崎しげるさんの年齢について、2026年11月2日時点の情報を整理すると、次のとおりです。
- 生年月日:1949年11月19日
- 現在の年齢:76歳
- 77歳の誕生日:2026年11月19日
- ソロデビュー:1970年
- 代表曲:「愛のメモリー」
- 主な受賞歴:1977年日本レコード大賞歌唱賞
- 記念日:9月6日「松崎しげるの日」
- 主催イベント:黒フェス~白黒歌合戦~
松崎さんの歩みを振り返ると、高校時代の野球での挫折、20歳でのソロデビュー、下積み時代を経ての「愛のメモリー」の大ヒットと、決して一直線の成功ではありませんでした。
その後も歌手、俳優、タレントとして活動を続け、2015年には自身の名前を冠した記念日と音楽フェスを実現。2026年には喜寿を迎える節目に立っています。
76歳という年齢だけでは、松崎しげるさんの現在を語り尽くせません。
2026年9月の黒フェスで見せた若いアーティストとの交流や、11月の喜寿記念ライブ、年末のディナーショーなど、現在もステージに立ち続ける姿こそ、長年愛されてきた理由の一つです。
77歳を迎えた後も、その力強い歌声とエンターテイナーとしての活躍に期待が集まります。 (出典: 松崎 しげる 年齢(Yahoo!ニュース))