あばたもえくぼの意味とは?痘痕も靨の由来・使い方・例文を徹底解説
「あばたもえくぼ」は、好きになった相手なら、普通は欠点と感じる部分まで魅力的に見えてしまう心理を表す日本のことわざです。漢字では「痘痕も靨」と書き、「あばた」は天然痘が治ったあとに残る皮膚のくぼみ、「えくぼ」は笑ったときに頬にできる愛らしいくぼみを意味します。正反対の印象を持つ二つの言葉を組み合わせることで、恋愛中の人間心理を巧みに表現しています。
2026年現在も日常会話や文章で使われるこの表現には、恋愛だけでなく、家族への愛情、好きな作品への評価、ひいきにしている人物やブランドへの見方など、幅広い意味合いがあります。江戸時代の文献に見られる歴史的な用例から、正しい使い方、会話で使える例文、類語・対義語、英語表現、心理学的な背景まで詳しく解説します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 意味:好きになった相手の欠点まで長所や魅力のように見えること。
- 漢字と由来:「痘痕も靨」と書き、江戸時代の1779年の文献に現在の形に近い用例が確認できる。
- 使い方:恋愛だけでなく、人物・作品・商品などをひいき目で評価する場面でも使える。
- 類語:「惚れた欲目」「恋は盲目」など。対義的なことわざは「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」。
- 教訓:好意によって見方が変わることを理解しながら、相手の本質や問題点を冷静に見極めることも大切。
【意味をわかりやすく解説】あばたもえくぼとはどんなことわざ?
好きになると相手の欠点まで魅力的に見える
あばたもえくぼとは、好きになった相手の欠点や短所まで、好ましいものに見えてしまうことを表すことわざです。
例えば、周囲の人からは不器用で少し頼りないと思われている男性でも、恋人からすれば、その不器用さが誠実でかわいらしい性格に映ることがあります。
本人の特徴が実際に変わったわけではありません。変化しているのは、その人を見る側の気持ちや評価です。
このことわざには、恋愛中の人が相手を理想化してしまう様子を、少しユーモラスに表現するニュアンスがあります。
ただし、必ずしも恋愛だけを指すわけではありません。親が自分の子どもの欠点をかわいく感じたり、熱心なファンが好きな俳優の不器用な一面まで魅力として受け止めたりする場合にも使われます。
「痘痕」と「靨」の漢字が表すもの
漢字表記は「痘痕も靨」です。それぞれの漢字には、ことわざの意味を理解するための重要な背景があります。
- 痘痕(あばた):天然痘が治ったあとに皮膚に残るくぼみや跡。
- 靨(えくぼ):笑ったときに頬にできる小さなくぼみ。
どちらも皮膚にできるくぼみですが、一般的な印象は対照的です。痘痕は好ましくないもの、えくぼは愛らしいものとして捉えられています。
そのため、本来なら欠点とされる痘痕でさえ、好きな人の顔にあれば、魅力的なえくぼのように感じられるという比喩が成立します。
なお、「靨」は難しい漢字なので、普段の文章や会話では「あばたもえくぼ」とひらがなで表記するのが自然です。漢字の意味を説明したい場合や、ことわざの正式な表記を示す場合には「痘痕も靨」が適しています。
【語源・由来を検証】あばたもえくぼはいつから使われている?
「痘痕」は天然痘の治癒後に残った皮膚の跡
ことわざの意味を理解するには、まず「あばた」という言葉の背景を知る必要があります。
あばたは、天然痘などの病気が治ったあとに皮膚に残るくぼんだ跡を指す言葉です。かつて天然痘は人々の生活に大きな影響を与えた感染症であり、治癒後も顔に痕跡が残ることがありました。
そのため、顔に残ったあばたは、外見上の欠点として扱われることがありました。一方、えくぼは笑顔を引き立てる特徴として好意的に受け取られます。
この二つを対比させることで、好意を抱いた人の目には、欠点さえも魅力に変わって見えるという人間の心理を表現したのです。
「あばた」という言葉には仏教語に関係する背景もある
「あばた」という語の成り立ちについては、浄土真宗本願寺派の「仏教語豆事典」が興味深い説明を紹介しています。
同資料によると、サンスクリット語の「アルブダ」という言葉が関係しており、腫れ物や水疱を意味する語が、仏教における音写を経て「あばた」という日本語につながったとされています。
つまり、「あばたもえくぼ」ということわざの背景には、単なる外見の比較だけでなく、古くから日本語に取り入れられてきた言葉の歴史もあります。
江戸時代の1779年に現在の形に近い用例が登場
ことわざの歴史をたどるうえで重要なのが、江戸時代の文献です。
ジャパンナレッジで紹介されている『故事俗信ことわざ大辞典 第二版』や『精選版 日本国語大辞典』では、1779年の洒落本『伊賀越増補合羽之龍』に、現在の表現に近い用例が確認できます。
当時の用例では、岩のようにごつごつした痘痕でさえ、ある事情によってえくぼになるという趣旨が描かれています。ここでいう「ある事情」とは、相手に惚れていることによる好意的な見方です。
さらに、1836年の人情本『廓の花笠』にも、好きなうちは痘痕がえくぼに見える一方、気持ちが冷めれば、えくぼさえ痘痕に見えるという趣旨の用例があります。
この対照的な表現は、愛情によって評価が変化するだけでなく、その愛情が失われたときには、同じ特徴が反対の印象を与えることまで示しています。
辞書に掲載された最古級の用例は、次のように整理できます。
| 時期・資料 | 確認できる内容 | 意味・特徴 |
|---|---|---|
| 1779年 | 洒落本『伊賀越増補合羽之龍』 | 現在のことわざに近い表現が登場 |
| 1836年 | 人情本『廓の花笠』 | 好意があれば痘痕もえくぼに見え、飽きれば逆転する心理を描写 |
| 1891年 | 落語『あばた会』 | 惚れている間と別れた後の見方の違いを表現 |
| 現代 | 国語辞典・ことわざ辞典 | 恋愛に限らず、ひいき目による評価の偏りを表す表現として定着 |
この歴史から分かるのは、あばたもえくぼが一時的な流行語ではなく、江戸時代から人間関係の機微を表してきたことわざだという点です。
【正しい使い方と例文】恋愛以外でも使える?
日常会話での基本的な使い方
あばたもえくぼは、誰かが特定の人物や物事を好意的に評価している様子を表現するときに使います。
特に、第三者が相手の評価についてコメントするときに自然な表現です。
例えば、友人が恋人の欠点をまったく気にしていない様子を見て、「あばたもえくぼだね」と声をかける使い方があります。
ただし、相手をからかったり、恋愛感情を否定したりするような響きになることもあります。親しい間柄であれば冗談として成立する場合がありますが、相手との関係性には注意が必要です。
そのまま使える例文7選
例文1:恋愛に関する会話
彼女は彼の少し不器用なところまでかわいいと言っている。まさにあばたもえくぼだ。
例文2:友人同士の会話
周りは彼のファッションを個性的だと言っているけれど、彼女には最高におしゃれに見えるらしい。あばたもえくぼとはよく言ったものだ。
例文3:家族への愛情
親にとっては、子どもの失敗も成長の一部に見えるのだろう。あばたもえくぼという言葉がぴったりだ。
例文4:芸能人やアイドルのファン
彼女は大好きな俳優の少し天然なところまで魅力だと感じている。ファンにとっては、あばたもえくぼなのかもしれない。
例文5:趣味や作品への評価
あの映画は演出に粗い部分もあるが、監督のファンにはあばたもえくぼで、すべてが魅力的に映るようだ。
例文6:仕事や職場での評価
部長はお気に入りの社員の提案なら多少の問題点も好意的に受け止める。あばたもえくぼになっていないか、冷静に考える必要がある。
例文7:商品やブランドへの評価
長年愛用しているブランドなので、多少使いにくい部分があっても気にならない。これもあばたもえくぼなのだろう。
恋愛以外で使う場合のニュアンス
あばたもえくぼは、恋愛以外にも応用できる表現です。ただし、どのような場面でも単純に「好き」という意味になるわけではありません。
重要なのは、好意や愛着、ひいき目によって、本来なら短所と考えられる特徴まで好ましく評価していることです。
例えば、好きなスポーツチームのプレーに多少のミスがあっても、熱心なファンはそのチームの努力や個性を高く評価することがあります。
また、好きな作家の作品であれば、多少の構成上の弱点まで味わいとして受け止めることもあるでしょう。
このように、人物・作品・商品・趣味など、評価する側に強い愛着がある対象にも使えます。
間違えやすい使い方と誤用の注意点
あばたもえくぼの誤用として注意したいのは、単に「人それぞれ好みが違う」という意味で使ってしまうことです。
例えば、ある人が個性的な服装を好んでいるだけなら、それは必ずしもあばたもえくぼではありません。本人がその服装を欠点と認識している必要もありませんが、好意によって一般的には短所と見なされる部分まで魅力的に評価しているという要素が重要です。
また、次のような使い方にも注意しましょう。
- 単純に相手の長所を褒める意味で使う。
- 誰にでも当てはまる個人の好みの違いを表すためだけに使う。
- 相手の深刻な問題行動まで無条件に肯定する意味で使う。
特に最後のケースは重要です。相手の欠点を魅力として受け止めることと、暴言や不誠実な行動を正当化することは違います。
【恋愛心理を分析】なぜ好きになると欠点まで魅力的に見えるのか?
好意が相手の評価を変える心理的な仕組み
好きな人の欠点まで魅力的に見えるのは、好意が相手に対する評価全体に影響を与えるためです。
人間は誰かを評価するとき、個々の特徴を完全に独立して判断しているわけではありません。相手に対する第一印象や、すでに抱いている好感が、その後の判断にも影響することがあります。
例えば、好きな人が少し無口だった場合、好意がなければ「話がつまらない」と感じるかもしれません。しかし、相手を好きになっていると「落ち着いていて大人っぽい」と評価することがあります。
同じ特徴でも、見る側の感情によって解釈が変わるのです。
心理学の「ハロー効果」との関係
この現象を理解するうえで参考になるのが、心理学におけるハロー効果です。
ハロー効果とは、対象の目立つ特徴や一部分に対する評価が、ほかの特徴や全体的な評価にまで影響する認知の傾向を指します。
例えば、見た目が魅力的な人に対して、実際に仕事ぶりを十分に確認していないにもかかわらず、仕事もできるだろうと考えてしまう場合があります。
十文字学園女子大学の「錯思コレクション100」でも、ハロー効果は他者や自己に関する認知バイアスの一つとして解説されています。評価を左右するのは、対象の一つの特徴だけではなく、それを受け取る側の認識でもあるという考え方です。
あばたもえくぼも、好意的な感情が相手の短所の評価に影響する点で、ハロー効果と共通する部分があります。
ただし、両者は完全に同じ概念ではありません。ハロー効果は恋愛に限定されない広い心理現象であり、あばたもえくぼは特に好意やひいき目によって欠点まで好ましく見える状況を表すことわざです。
恋愛初期と長期的な関係で見え方は変わる
恋愛中は、相手の良い部分に意識が向きやすくなります。
例えば、時間に少しルーズな人でも、恋愛初期には「マイペースで自由な人」と感じられることがあります。ところが、交際が長くなり、同じ行動によって何度も困る経験をすると、評価が変わる場合があります。
これは、相手の特徴そのものが変化したというより、実際の経験を通して評価する材料が増えたためです。
1836年の『廓の花笠』に見られる、好きなうちは痘痕もえくぼに見えるが、気持ちが冷めるとえくぼも痘痕に見えるという表現は、こうした心理の変化を端的に示しています。
あばたもえくぼから学べる恋愛の教訓
このことわざが示すのは、恋愛には相手を理想化する側面があるということです。
相手の短所を受け入れられることは、良好な関係を築くうえで大切な場合があります。完璧な人間はいないため、多少の不器用さや考え方の違いを認め合うことには意味があります。
一方で、相手を好きだからといって、すべてを肯定する必要はありません。
約束を守らない、相手を傷つける、責任を押しつけるといった行動は、単なる個性やかわいらしい欠点とは別の問題です。
本当の意味で相手を大切にするには、長所を認めることと、改善すべき点を冷静に判断することの両方が求められます。
【類語・対義語を比較】恋は盲目・惚れた欲目との違いは?
あばたもえくぼと意味が近い類語
あばたもえくぼには、好意によって相手の欠点が見えなくなったり、実際以上に良く評価したりすることを表す類語があります。
代表的な表現は「惚れた欲目」「恋は盲目」です。それぞれ意味の重点が少し異なります。
1.惚れた欲目(ほれたよくめ)
好きになった相手を、実際以上に高く評価してしまうことです。「欲目」は、ひいき目で見ることを意味します。
あばたもえくぼと非常に近い表現ですが、惚れた欲目は評価する側の心理的な偏りに重点があります。
使用例:彼のことをそこまで立派だと思うのは、少し惚れた欲目が入っているのではないか。
2.恋は盲目(こいはもうもく)
恋愛に夢中になると、冷静な判断ができなくなり、相手の欠点や周囲の状況が見えなくなることです。
あばたもえくぼよりも、判断力が低下したり、客観性を失ったりするニュアンスが強くなります。
使用例:周囲がどれだけ反対しても彼女は聞く耳を持たない。恋は盲目ということだろう。
3.蓼食う虫も好き好き(たでくうむしもすきずき)
人の好みはそれぞれ異なり、他人には理解できないようなものを好む人もいるという意味です。
あばたもえくぼとの違いは、好意によって評価が変化することが必須ではない点です。最初から個性的なものを好む場合にも使えます。
対義語は「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」
あばたもえくぼの対義的なことわざとして知られるのが、「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」です。
これは、ある人を嫌いになると、その人に関係するものまで嫌いになってしまうことを表します。
袈裟とは、僧侶が身につける衣服のことです。僧侶本人を憎むあまり、身につけている袈裟まで憎らしく感じるというたとえから生まれています。
あばたもえくぼが好意による肯定的な評価の偏りを表すのに対し、こちらは嫌悪による否定的な評価の偏りを表します。
どちらも、対象そのものの特徴だけでなく、見る人の感情が評価に影響することを示しています。
類語・対義語・関連する心理用語の比較表
| 言葉 | 意味 | あばたもえくぼとの違い |
|---|---|---|
| 惚れた欲目 | 好きな相手を実際以上によく評価すること | 評価する側のひいき目に重点 |
| 恋は盲目 | 恋愛によって冷静な判断ができなくなること | 判断力や客観性の低下に重点 |
| 蓼食う虫も好き好き | 人の好みはそれぞれ異なること | 好意による評価の変化を必ずしも意味しない |
| 坊主憎けりゃ袈裟まで憎い | 嫌いな人に関係するものまで嫌いになること | 好意ではなく嫌悪による評価の偏り |
| ハロー効果 | 一つの特徴が対象全体の評価に影響する心理現象 | 恋愛に限定されない心理学用語 |
このように、似た表現でも意味の焦点は異なります。恋愛感情によって欠点が魅力に見えるなら「あばたもえくぼ」、好きな相手を実際以上に評価しているなら「惚れた欲目」、恋愛のために冷静さを失っているなら「恋は盲目」が適しています。
【英語では何と言う?】あばたもえくぼに相当する表現
最もよく知られる英語表現はLove is blind
あばたもえくぼに近い英語のことわざとして知られているのが、Love is blind. です。
直訳すると「愛は盲目」です。恋愛をすると相手の欠点が見えなくなり、冷静な判断ができなくなるという意味があります。
日本語の「恋は盲目」とほぼ同じ表現ですが、文脈によっては「あばたもえくぼ」に近い意味でも使えます。
例えば、好きな相手の欠点まで魅力的に見える状況を説明するときに適しています。
ほかにもある英語の関連表現
Love covers many infirmities.
愛は多くの欠点を覆い隠す、という意味の表現です。相手への愛情が欠点を目立たなくさせるという点で、あばたもえくぼに近いニュアンスがあります。
If Jack’s in love, he’s no judge of Jill’s beauty.
ジャックが恋をしているなら、ジルの美しさを正しく判断することはできない、という意味の英語のことわざです。
好きになった相手への評価は、客観的な判断とは異なるという考え方を表しています。
英語で自然に伝えるなら、恋愛によって冷静さを失っている状況には「Love is blind.」、愛情によって欠点が気にならなくなる状況には「Love covers many infirmities.」が使いやすいでしょう。
【プロの結論】あばたもえくぼということわざが教えてくれること
あばたもえくぼは、単に恋愛中の人をからかうための言葉ではありません。人間の評価が、対象そのものだけで決まるわけではないという本質を示したことわざです。
好きな人の短所が魅力に見えることもあれば、嫌いな人の些細な行動まで気に障ることもあります。好意と嫌悪は、同じ特徴に対して正反対の評価を生み出すことがあります。
その意味で、「痘痕も靨」と「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」は、表裏一体の人間心理を表現しているとも考えられます。
人を評価するときに意識したい3つの判断基準
1.好意と客観的な評価を分けて考える
相手を好きになること自体は自然な感情です。しかし、好きだからといって、相手のすべての行動が正しいとは限りません。感情と事実を分けて考えることが大切です。
2.欠点を受け入れることと問題を放置することを区別する
性格の違いや小さな失敗を受け入れることは、相手を尊重する姿勢につながります。一方、相手を傷つける行動や不誠実な態度を無条件に認めることは、健全な関係とはいえません。
3.自分の評価が偏っていないか振り返る
恋愛だけでなく、仕事や趣味、買い物でも、気に入った対象を実際以上に高く評価してしまうことがあります。別の立場から見たときにどう感じるかを考えると、判断の偏りに気づきやすくなります。
あばたもえくぼの教訓は、相手の欠点を見つけることでも、好きな人を疑うことでもありません。好意によって見えてくる魅力を大切にしながら、必要なときには冷静な視点も持つことです。
あばたもえくぼに関するよくある質問(FAQ)
Q1:あばたもえくぼはどういう意味ですか?
A1:好きになった相手なら、普通は欠点と感じる部分まで魅力的に見えるという意味です。恋愛だけでなく、家族や好きな作品、商品などをひいき目で評価する場合にも使います。
Q2:あばたもえくぼの漢字表記は何ですか?
A2:漢字では「痘痕も靨」と書きます。「痘痕」はあばた、「靨」はえくぼと読みます。一般的な文章では、ひらがな表記の「あばたもえくぼ」も広く使われています。
Q3:あばたもえくぼの由来は何ですか?
A3:「あばた」は天然痘が治ったあとに残る皮膚のくぼみ、「えくぼ」は笑ったときに頬にできるくぼみです。好きな相手なら、欠点でさえ魅力的に見えるという比喩から生まれました。現在の形に近い用例は1779年の洒落本『伊賀越増補合羽之龍』に確認できます。
Q4:あばたもえくぼと恋は盲目の違いは何ですか?
A4:「あばたもえくぼ」は、好きな相手の欠点まで魅力的に見えることを指します。「恋は盲目」は、恋愛に夢中になって冷静な判断ができなくなることを指します。前者は相手の評価、後者は判断力の低下に重点があります。
Q5:あばたもえくぼの対義語は何ですか?
A5:代表的な対義語は「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」です。嫌いな人に関係するものまで憎くなるという意味で、好意によって欠点が魅力に見える「あばたもえくぼ」とは反対の心理を表します。
Q6:あばたもえくぼは恋愛以外にも使えますか?
A6:使えます。親が子どもの欠点までかわいく感じる場合や、ファンが好きな俳優・作品の弱点まで魅力として受け止める場合などにも使えます。共通するのは、愛着やひいき目によって評価が好意的に変わることです。
まとめ:あばたもえくぼの意味を知り、言葉を正しく使おう
あばたもえくぼは、好きになった相手の欠点まで魅力的に見えることを表す、江戸時代から伝わることわざです。漢字では「痘痕も靨」と書き、天然痘の跡を意味する「あばた」と、笑顔を引き立てる「えくぼ」の対比によって、恋愛心理の不思議を表現しています。
類語には「惚れた欲目」「恋は盲目」があり、対義的な表現には「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」があります。それぞれの違いを理解すれば、会話や文章の中でより適切に使い分けられます。
また、このことわざは恋愛に限らず、人や作品、商品に対する評価にも当てはまります。好きだからこそ見える魅力がある一方、好意によって判断が偏る可能性もあります。
大切なのは、相手の欠点も含めて理解しようとすることと、必要な場面では客観的な視点を忘れないことです。あばたもえくぼという言葉には、人を好きになることの温かさと、感情に左右される人間の面白さが凝縮されています。 (出典: あばた も えくぼ(Yahoo!ニュース))