【2026年最新】田口麗斗の現在は?妻との結婚・経歴・川崎病と寄付を徹底解説
田口麗斗(たぐち・かずと)投手は、巨人と東京ヤクルトスワローズで活躍してきた左腕投手です。1995年9月14日生まれで、2026年10月現在は31歳。2017年の結婚や、広島新庄高校時代の後輩だった妻との関係、幼少期に経験した川崎病、広島県の医療従事者に対するマスク1万枚の寄付など、野球以外のエピソードでも知られています。
2026年はヤクルトから来季の契約を結ばないことを通告され、新たな挑戦に踏み出しました。10月にはプエルトリコのウィンターリーグに所属するインディオス・デ・マヤグエスへの参加が発表されています。現在の所属状況からプロ入り後の成績、結婚相手との経緯、家族にまつわる情報まで、時系列に沿って整理します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】 - 現在の所属: 2026年9月にヤクルトから戦力外通告を受け、10月にプエルトリコのインディオス・デ・マヤグエスへの参加が発表された。 - 結婚・妻: 2017年1月5日に広島新庄高校の2学年後輩だった一般女性と結婚。妻は甲子園で「美しすぎるチアリーダー」として話題になった人物。 - 病気と社会貢献: 2歳で川崎病を発症し、10年以上にわたって定期健診を受けた経験がある。2020年には広島県へサージカルマスク1万枚を寄付した。
【2026年最新】田口麗斗の現在の所属球団はインディオス・デ・マヤグエス
田口麗斗投手の2026年10月31日現在の状況を理解するうえで重要なのが、ヤクルト退団とプエルトリコでの新たな挑戦です。
2026年9月29日、東京ヤクルトスワローズは田口に対して来季の契約を結ばないことを通告しました。2014年から巨人でプレーし、2021年にヤクルトへ移籍した左腕にとって、大きな転機となりました。
日刊スポーツの2026年9月29日の報道によると、田口は戦力外通告を受けた際、成績を残せなかったことについてチームやファンに申し訳ない気持ちを示しながらも、現役続行を明言しました。
「野球はもちろん続けます。とにかく野球ができるならという思いがある」
出典:日刊スポーツ 2026年9月29日報道
インディオス・デ・マヤグエスへの参加が決定
2026年10月1日(日本時間2日)、プエルトリコのプロ野球チーム、インディオス・デ・マヤグエスが公式SNSで田口の参加を発表しました。
球団は田口について、今シーズンはマヤグエスのユニホームを着用すると紹介。日本語でも「いらっしゃいませ」と歓迎しました。
ここで注意したいのは、現在の所属を日本のNPB球団と混同しないことです。ヤクルトとの契約は終了しており、インディオス・デ・マヤグエスは2026~2027年シーズンのプエルトリコ・ウィンターリーグにおける参加先です。
また、田口は2025年にもプエルトリコのレオネス・デ・ポンセでプレーしています。2026年は2年連続のウィンターリーグ参戦となります。
2026~2027年シーズンの開幕日にも注目
プエルトリコのプロ野球リーグ、ロベルト・クレメンテ・プロ野球リーグ(LBPRC)の公式発表によると、2026~2027年シーズンは2026年11月4日に開幕予定です。
そのため、10月31日時点では参加が決定した段階であり、新シーズンの公式戦はまだ始まっていません。今後の登板内容や投球結果は、現役続行を目指す田口にとって重要な判断材料になります。
2026年シーズンの成績は?
ヤクルトでの2026年シーズンは、1軍14試合に登板し、1勝0敗、1ホールド、防御率3.14という成績でした。
2023年には守護神として33セーブを記録した実績があるだけに、登板機会が14試合にとどまったことは、今回の退団を考えるうえで重要なポイントです。
【経歴・プロフィール】田口麗斗はどんなプロ野球選手?
田口麗斗は広島県出身の左投左打の投手です。1995年9月14日に生まれ、広島新庄高校から2013年のドラフト会議で読売ジャイアンツに3位指名されました。
身長171cmの左腕で、プロ入り後は先発投手として実績を積み、その後は中継ぎや抑えも経験しています。複数の役割を担えることが、長年にわたるプロ生活を支えてきた特徴の一つです。
田口麗斗の基本プロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 田口麗斗(たぐち・かずと) |
| 生年月日 | 1995年9月14日 |
| 年齢 | 31歳(2026年10月現在) |
| 出身地 | 広島県 |
| 身長 | 171cm |
| 投打 | 左投左打 |
| ポジション | 投手 |
| 出身高校 | 広島新庄高校 |
| ドラフト | 2013年・巨人3位 |
| 主な所属球団 | 読売ジャイアンツ、東京ヤクルトスワローズ |
| 2026年の参加先 | インディオス・デ・マヤグエス |
プロ入りから巨人時代まで
田口は広島新庄高校で投手として頭角を現しました。高校1年生からベンチ入りし、左腕として制球力や変化球を評価されていました。
2013年のドラフト会議で巨人から3位指名を受け、プロの世界へ進みます。2015年には1軍で初登板を果たし、初先発で初勝利を記録。高卒2年目から存在感を示しました。
2016年には10勝10敗、防御率2.72を記録。翌2017年にはさらに成績を伸ばし、13勝4敗、防御率3.01という数字を残しました。巨人の先発陣を支える若手左腕として評価を高めた時期です。
2021年にヤクルトへ移籍、2023年には守護神として活躍
2021年3月、田口は巨人からヤクルトへ交換トレードで移籍しました。新天地では先発だけでなくリリーフとしても起用され、チーム事情に応じて役割を変えていきます。
ヤクルトは2021年と2022年にリーグ連覇を達成。田口もその戦力の一人として貢献しました。
特に大きな転換点となったのが2023年です。守護神を任された田口は50試合に登板し、防御率1.86、33セーブを記録しました。左腕のクローザーとして安定した投球を披露し、キャリアの中でも印象的なシーズンとなりました。
田口麗斗の主な経歴・成績年表
出典:日本野球機構(NPB)年度別成績、ヤクルト球団発表、日刊スポーツ、プエルトリコWL選手データ。
NPBでの通算成績は、381試合登板、48勝57敗、44セーブ、防御率3.32です。先発から救援、そして抑えまで経験したことが、田口のプロ野球選手としての特徴をよく表しています。
【結婚・妻】田口麗斗の結婚相手は広島新庄高校の後輩・芽衣さん
田口麗斗の結婚について調べると、妻の名前や高校時代のエピソードが検索されることが少なくありません。
田口は2017年1月5日に結婚しています。お相手は、母校の広島新庄高校で2学年後輩だった一般女性です。当時の日刊スポーツなどの報道では、後藤芽衣さんと紹介されました。
結婚当時、田口は21歳、芽衣さんは19歳でした。若くして家庭を築いたことも、当時の野球ファンの関心を集めました。
結婚日は2017年1月5日!プロポーズはクリスマスイブ
2017年1月1日付の日刊スポーツの報道では、田口が芽衣さんにプロポーズしたのはクリスマスイブだったと伝えられています。
その後、1月5日に広島県内で婚姻届を提出。1月8日に東京都内のトークイベントで結婚を発表しました。
婚姻届を1月5日に提出した理由について、田口は2人ともイチゴが好きだったことを明かしています。1月5日を数字で表すと「1・5」となり、イチゴにちなんだ記念日として選んだというエピソードです。
また、2017年12月3日には広島市内で挙式と披露宴を実施。日刊スポーツによれば、約110人が出席し、巨人のチーム関係者からも祝福を受けました。
妻は「美しすぎるチアリーダー」として話題になった人物
芽衣さんの名前とともに知られているのが、甲子園でのチアリーダー姿です。
広島新庄高校は2015年夏、学校として初めて夏の甲子園に出場しました。その際、応援団として参加していた芽衣さんがテレビの試合中継に映り、その姿が話題になりました。
当時の報道では、芽衣さんは「美しすぎるチアリーダー」として紹介されています。高校野球の試合をきっかけに注目された人物が、後にプロ野球選手の妻となったことで、改めて関心を集めるようになりました。
田口本人も甲子園に出場していた?
ここは混同されやすいポイントです。
田口自身も広島新庄高校の野球部で活躍していましたが、現役高校生だった2013年夏の広島大会決勝で敗れ、甲子園出場は果たせませんでした。母校が夏の甲子園に初出場したのは2015年で、田口の卒業後です。
つまり、田口が甲子園で投げていた際に妻がチアリーダーとして応援していた、という関係ではありません。2人は同じ高校の先輩と後輩であり、甲子園で話題になったのは芽衣さんの応援団としての姿です。
2人の出会いや交際のきっかけは?
公表されている報道から分かるのは、2人が広島新庄高校の先輩・後輩だったこと、そして田口が2016年12月のクリスマスイブにプロポーズしたことです。
一方、最初に知り合った具体的な場面や交際を始めた時期については、当時の主要報道で詳しい説明はされていません。
高校の先輩後輩という共通点と甲子園で話題になった妻のエピソードは興味深いものですが、チアリーダーとして注目されたこと自体を、2人の交際開始のきっかけと断定することはできません。
【川崎病の闘病生活】田口麗斗がマスク1万枚を寄付した理由
田口麗斗の人物像を知るうえで欠かせないのが、幼少期の川崎病の経験です。
プロ野球選手として活躍する現在の姿からは想像しにくいかもしれませんが、田口は2歳のときに川崎病を発症しています。幼い頃から病院で治療を受け、長期にわたって健康状態を確認してきました。
2歳で川崎病を発症、中学生になるまで経過観察
川崎病は、主に乳幼児に発症する全身の血管に炎症が起こる病気です。発熱や発疹、目の充血などの症状が見られ、心臓の冠動脈に影響する場合もあります。
2020年5月4日付のスポニチアネックスの報道によると、田口は2歳のときに川崎病を発症し、広島県内の病院に約1か月入院しました。
退院後も年1回の定期健診を受け、中学生になる頃に完治を告げられるまで10年以上にわたって経過を確認してきたといいます。
幼少期に長期間医療機関に支えられた経験は、田口にとって病院や医療従事者への感謝を強く意識するきっかけになりました。
2020年5月、広島県にサージカルマスク1万枚を寄付
その感謝の気持ちが具体的な行動になったのが、2020年の新型コロナウイルス流行時です。
田口は2020年5月3日、新型コロナウイルスへの対応に当たる医療従事者らを支援するため、故郷の広島県にサージカルマスク1万枚を寄付しました。
当時は医療現場でマスクなどの感染対策用品の確保が課題となっていた時期です。広島県出身の田口は、幼少期に自分を支えてくれた医療関係者への恩返しという思いを込めて寄付を行いました。
スポニチアネックスが報じた田口のコメントには、当時の思いが表れています。
「僕自身、子供の頃に長期入院を経験し、病院の方々には大変お世話になり、何か恩返しがしたいと思っていました」
出典:スポニチアネックス 2020年5月4日
寄付されたマスクは広島県内42施設へ
寄付されたマスクは、広島県内の感染症指定医療機関など42施設に配布される予定と報じられました。
単に物資を寄付したというだけではなく、自分が幼い頃に受けた医療支援を、今度は地域の医療現場に返そうとした行動です。
田口は野球選手として故郷を離れて活動してきましたが、広島とのつながりは続いています。川崎病の経験と医療従事者への寄付は、競技成績とは異なる形で田口の人柄を伝える出来事です。
【噂と事実を整理】田口麗斗の妻・子供・家族情報で注意したいこと
田口麗斗については、結婚相手や高校時代のエピソードに加え、家族構成や現在の生活についても検索されています。
ただし、スポーツ選手の配偶者が一般人である場合、結婚当時に報道された情報と、現在の私生活に関する情報は分けて考える必要があります。
妻について公表されている情報
2017年の結婚報道では、妻は広島新庄高校の2学年後輩で、当時19歳の一般女性として紹介されました。名前は後藤芽衣さんと報じられています。
また、同年12月には広島市内で結婚式と披露宴を行ったことも報道されています。これらは結婚当時の公表情報として確認できる内容です。
子供はいる?家族構成は?
子供の有無や人数については、本人や球団による明確な公表情報を確認できる範囲が限られています。
そのため、ネット上の記事や検索結果だけで子供の人数、性別、生年月日などを確定することはできません。妻が一般女性であることも踏まえ、公開された結婚情報と非公開の家族情報を混同しないことが大切です。
よくある3つの混同を整理
- 田口本人が甲子園に出場した? 広島新庄高校時代、夏の甲子園出場は果たしていません。
- 妻が芸能人なの? 結婚当時の報道では一般女性として紹介されています。「美しすぎるチアリーダー」は甲子園での応援姿が話題になった際の呼称です。
- 現在もヤクルト所属なの? 2026年9月29日に来季の契約を結ばないことが通告され、10月にはプエルトリコのチームへの参加が発表されています。
このように、田口に関する情報は、野球の公式記録、当時の結婚報道、本人の発言、現在の球団発表を区別すると理解しやすくなります。
【プロの結論】田口麗斗の投手としての価値と今後の注目点
田口麗斗のキャリアを振り返ると、先発投手として実績を積んだ後、救援投手やクローザーとしても結果を残してきたことが分かります。
巨人時代の2016年、2017年には2年連続で2桁勝利を記録し、ヤクルト移籍後はリリーフとしてチームを支えました。特に2023年の33セーブ、防御率1.86は、投手としての対応力を示す代表的な実績です。
評価すべきなのは先発・救援の両方を経験した対応力
一般的に、先発投手とリリーフ投手では求められる能力が異なります。
先発では長いイニングを投げるスタミナや試合全体を組み立てる力が求められます。一方、リリーフでは短いイニングで打者を抑える集中力や、登板間隔に応じたコンディション調整が重要です。
田口は両方の役割を経験しており、2023年には抑えとして33セーブを挙げました。こうした経験は、今後もプロでプレーするうえで強みになる可能性があります。
2026年の転機をどう評価するか
一方、2026年のヤクルトでの登板は14試合にとどまりました。過去に残した実績だけで現在の実力を判断することはできません。
田口自身も2026年9月の取材で、前年や前々年に痛めた箇所の影響がパフォーマンスに出ていたことに触れています。その一方で、2026年は久しぶりに1年間を通じてけがなく過ごせたとも説明しました。
この発言から読み取れるのは、単に現役続行を希望しているだけではなく、コンディションを整えながら再び投球機会を得ようとしていることです。
プエルトリコでの挑戦が次の契約につながるか
2025年のプエルトリコ・ウィンターリーグでは、レオネス・デ・ポンセで6試合に登板し、防御率2.67を記録しました。
2026年はインディオス・デ・マヤグエスでプレーする予定です。日本のプロ野球とは異なる環境で投球を続け、実戦を通じて自身の状態を示す機会になります。
今後の評価で注目したいのは、次の3点です。
- 登板内容: 防御率だけでなく、奪三振や与四球、被本塁打などの内容。
- コンディション: 先発・救援のどちらでも継続的に登板できる状態か。
- 次の所属先: ウィンターリーグ終了後、日本国内外の球団からどのような評価を受けるか。
31歳という年齢は、プロ野球選手としてキャリアを終えるには早い時期です。過去の実績を持つ左腕が、どのような形で次のチャンスをつかむのかが注目されます。
田口麗斗に関するよくある質問(FAQ)
Q1:田口麗斗は2026年現在どこの球団に所属していますか?
2026年9月にヤクルトから戦力外通告を受け、10月にプエルトリコのウィンターリーグに所属するインディオス・デ・マヤグエスへの参加が発表されました。2026~2027年シーズンは11月4日開幕予定です。
Q2:田口麗斗の妻は誰ですか?
2017年1月5日に結婚した広島新庄高校の2学年後輩だった一般女性です。当時の報道では後藤芽衣さんと紹介され、2015年の夏の甲子園で「美しすぎるチアリーダー」として話題になった人物です。
Q3:田口麗斗は川崎病を患っていたのですか?
はい。2歳のときに川崎病を発症し、約1か月入院しました。その後も10年以上にわたり定期健診を受け、中学生の頃に完治を告げられています。この経験から、2020年には広島県の医療従事者を支援するためサージカルマスク1万枚を寄付しました。
まとめ:田口麗斗は新天地で現役続行を目指す
田口麗斗は、広島新庄高校から巨人に入団し、ヤクルトでも活躍した左投左打のプロ野球選手です。2016年と2017年の2桁勝利、2023年の33セーブなど、先発と救援の両方で実績を残してきました。
プライベートでは2017年1月5日に広島新庄高校の後輩だった芽衣さんと結婚。妻が甲子園で「美しすぎるチアリーダー」として話題になったエピソードも知られています。
また、2歳で川崎病を発症した経験から、2020年には広島県の医療従事者へサージカルマスク1万枚を寄付しました。こうした行動からは、故郷や医療関係者への感謝が伝わってきます。
2026年9月のヤクルト退団は大きな転機ですが、田口は現役続行を希望し、インディオス・デ・マヤグエスへの参加を決めました。11月に始まるプエルトリコでの新シーズンは、次の所属先につながる重要な機会です。
これまでの実績だけでなく、今後の登板内容やコンディション、次の契約先にも注目したいところです。日本と海外の両方で経験を重ねてきた左腕が、再びプロの舞台で存在感を示せるか。その挑戦はまだ続いています。 (出典: 田口 麗 斗(Yahoo!ニュース))