上賀茂神社とは?正式名称・677年の由緒と雷除けのご利益、国宝・葵祭を徹底解説
京都市北区に鎮座する「上賀茂神社」は、京都を代表する古社の一つであり、世界文化遺産にも登録されている歴史的な神社です。正式名称は賀茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ)。御祭神には賀茂別雷大神(かもわけいかづちのおおかみ)を祀り、厄除・八方除・方除・必勝の神として、古くから全国の人々の信仰を集めてきました。
その歴史は神代の伝承にまでさかのぼり、社殿の造営は天武天皇6年(677年)に記録されています。境内には国宝の本殿・権殿をはじめ、41棟の重要文化財が残り、毎年5月15日には京都三大祭の一つ「葵祭」が行われます。2026年現在も、伝統的な祭祀と文化財の保存が続けられています。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 正式名称:賀茂別雷神社が正式名称で、上賀茂神社は一般に親しまれている通称。
- 歴史と由緒:天武天皇6年(677年)に賀茂神宮が造営され、1994年には世界文化遺産に登録。
- 御利益:雷の御神威にちなむ厄除・雷除・八方除・方除・必勝・電気産業守護で知られる。
- 文化財:本殿・権殿の2棟が国宝、その他41棟の社殿が重要文化財。
- 代表的な祭事:5月15日の葵祭をはじめ、賀茂競馬や烏相撲など古式の神事が受け継がれている。
【正式名称はどっち?】賀茂別雷神社と上賀茂神社の違いを解説
「賀茂別雷神社」と「上賀茂神社」は、別々の神社を指す名称ではありません。どちらも京都市北区にある同じ神社を表しています。
正式名称は賀茂別雷神社で、読み方は「かもわけいかづちじんじゃ」です。一方、上賀茂神社は「かみがもじんじゃ」と読み、地名や下鴨神社との位置関係などから定着した通称です。
上賀茂神社と下鴨神社は別の神社
ここで混同しやすいのが、京都市左京区にある下鴨神社です。下鴨神社の正式名称は賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)であり、上賀茂神社とは別の神社です。
両社は賀茂氏にゆかりを持ち、賀茂信仰を支える重要な存在です。毎年5月に行われる賀茂祭(葵祭)も、両社の例祭として受け継がれています。
上賀茂神社には賀茂別雷大神、下鴨神社には賀茂建角身命と玉依媛命が祀られています。神話の上でも深いつながりを持つため、両社を一緒に参拝する人も少なくありません。
名称と関係する神様・歴史の整理
それぞれの名称と関係を整理すると、次のようになります。
| 名称・人物 | 役割・関係 | 知っておきたいポイント |
|---|---|---|
| 賀茂別雷神社 | 正式名称 | 上賀茂神社の正式な社名 |
| 上賀茂神社 | 通称 | 一般的に広く使われる名称 |
| 賀茂御祖神社 | 下鴨神社の正式名称 | 上賀茂神社とは別の神社 |
| 賀茂別雷大神 | 上賀茂神社の御祭神 | 雷の御神威を持つ神様 |
| 賀茂玉依比売命 | 賀茂別雷大神の母と伝わる神 | 丹塗矢にまつわる神話に登場 |
| 賀茂建角身命 | 賀茂氏の祖神とされる神 | 賀茂玉依比売命の父で、御祭神の外祖父 |
| 葵祭 | 賀茂両社の例祭 | 毎年5月15日に行われる京都の伝統行事 |
つまり、検索するときには「賀茂別雷神社」と「上賀茂神社」のどちらを使っても同じ神社にたどり着きます。ただし、下鴨神社は別の神社なので、所在地や御祭神を混同しないことが大切です。
【677年の造営】上賀茂神社の歴史と由緒、賀茂別雷大神の神話
上賀茂神社の歴史は、神代の時代にまでさかのぼると伝えられています。神社公式サイトや京都市公式の京都観光Naviでは、御祭神が神山(こうやま)に降臨したという伝承と、天武天皇6年(677年)の賀茂神宮造営が紹介されています。
神山に降臨した賀茂別雷大神
上賀茂神社の北北西約2キロに位置する神山は、標高301.5メートルの山です。山頂には、賀茂別雷大神が降臨したと伝わる大きな岩、すなわち磐座(いわくら)があります。
上賀茂神社の創祀を伝える神話では、賀茂氏の姫である賀茂玉依比売命が、賀茂川の上流にあたる瀬見の小川で身を清めていた際、川を流れてきた一本の丹塗矢を持ち帰ったとされています。
その矢を大切に祀ったところ、玉依比売命は神の子を身ごもり、御子神を産みました。
成長した御子神は、祖父にあたる賀茂建角身命が開いた祝宴で、自分の父は天津神であると告げます。そして盃を天に向けて投げると、雷鳴とともに天へ昇っていったと伝えられています。
その後、母の玉依比売命が再会を願うと、御子神は夢に現れ、神を迎えるための祭りを行うよう告げました。神託に従って祭祀を執り行ったところ、御子神は成人した神の姿となって神山に降臨したとされています。
この御子神こそが、現在の御祭神である賀茂別雷大神です。
この神話は、神社公式サイトが紹介する『釋日本紀』所引の『山城国風土記』逸文や『賀茂舊記』に基づく伝承です。
天武天皇6年(677年)に賀茂神宮を造営
神代の伝承と、歴史的な造営記録は区別して理解する必要があります。
神社の由緒によると、天武天皇6年(677年)、山背国によって現在の場所に賀茂神宮が造営されました。この造営によって、現在まで受け継がれる社殿の基礎が築かれたとされています。
したがって、677年は神話上の神様の誕生年ではなく、現在の場所に神宮が造営された歴史上の重要な年です。
平安京の守護神として発展
794年の平安京遷都以降、賀茂別雷大神への信仰はさらに高まりました。上賀茂神社は都の北方を守る皇城鎮護の神として朝廷から厚い崇敬を受け、山城国一之宮としての地位も確立していきます。
810年には嵯峨天皇の時代に斎王の奉仕が始まり、皇室と神社の結びつきも深まりました。歴代天皇の行幸や奉幣祈願が行われ、貴族や武家からも崇敬されてきました。
上賀茂神社の歴史は、単なる一地域の信仰の歴史ではありません。平安京の成立、皇室祭祀、京都の都市形成とも密接に関係しているのです。
【雷除け・厄除けの神】上賀茂神社のご利益と評判を徹底解説
上賀茂神社を訪れる人が関心を寄せる理由の一つが、幅広い御神徳です。神社公式サイトでは、厄除・方除・開運・八方除・雷除・災難除・必勝・電気産業守護が掲げられています。
その中心にあるのが、御祭神・賀茂別雷大神の持つ雷の御神威です。
雷の御神威と落雷除の由来
賀茂別雷大神の「別雷」という名称と、神話に登場する雷鳴や天への昇神は、上賀茂神社の信仰を理解するうえで重要な要素です。
雷は古来、自然の強大な力として畏敬されてきました。雨をもたらす一方、落雷によって人命や建物、農作物に被害を与える存在でもあります。
そうした雷の力を神威として捉え、災いを祓う神様として信仰されてきたことが、上賀茂神社の雷除・落雷除の信仰につながっています。
また、雷と電気には象徴的なつながりがあります。そのため、現在では電気産業の守護神としても信仰を集めています。
電気設備、電力、電気工事などに関わる人々が、安全や業務の無事を願って参拝する際にも、由緒ある祈願先の一つとなっています。
厄除・八方除・方除は何が違う?
上賀茂神社で知られる祈願の内容には、それぞれ異なる意味があります。
- 厄除:人生の節目にあたる厄年などに、災いや不運を避け、平穏な生活を願う祈願。
- 八方除:あらゆる方角からの災いを避け、生活全般の安泰を願う祈願。
- 方除:引っ越し、転居、建築、土地に関することなど、方位にまつわる災いを避ける祈願。
- 雷除:雷による災難を避け、安全を願う祈願。
- 必勝:勝負事や試験、競技、仕事などにおいて、目標達成と勝利を願う祈願。
- 開運・災難除:運気の開けることや、日常生活における災難を避けることを願う祈願。
特に八方除と方除は似た言葉ですが、方除が特定の方位に関係する災いを意識するのに対し、八方除は全方位にわたる災難を避けたい場合に選ばれる祈願です。
ご利益の評判は?どんな人におすすめなのか
上賀茂神社は、厄除けだけでなく、人生の転機や仕事上の安全を願う人にも知られています。
特に、次のような目的を持つ人にとって、参拝や御祈祷を検討する価値があります。
- 厄年を迎え、厄除けを受けたい人
- 引っ越しや新築、土地の購入を控えている人
- 電気設備や電力関係の仕事に携わっている人
- 受験や競技、仕事上の勝負を控えている人
- 家庭や事業の安全、災難除けを願う人
上賀茂神社の評判を考える際に注目したいのは、単なる観光人気だけでなく、古代から続く祭祀と皇室の崇敬、そして現在も続く御祈祷の実績です。
一方、神社のご利益は信仰に基づくものです。祈願を受ければ必ず試験に合格する、落雷事故が起きなくなるといった科学的な保証を意味するものではありません。安全対策や日常の備えと合わせて、心のよりどころとして参拝する姿勢が大切です。
御祈祷の受付時間と初穂料
神社公式サイトによると、御祈祷は予約不要で随時受け付けています。
- 受付時間:9時~16時
- 初穂料:5,000円以上
- 受付場所:二ノ鳥居内の祈祷受付所
- 主な祈願:厄除・方除・雷除・必勝・家内安全・商売繁盛・交通安全・合格祈願など
初宮詣と交通安全祈祷は10,000円以上と案内されています。御祈祷の内容によって異なるため、希望する祈願を決めてから受付で確認するとスムーズです。
【国宝2棟・重要文化財41棟】上賀茂神社の本殿・権殿と世界遺産の価値
上賀茂神社のもう一つの大きな魅力が、境内に残る歴史的建造物です。
神社公式サイトによると、境内には国宝2棟、重要文化財41棟があり、社殿の配置や自然環境を含めた歴史的景観が大切に保存されています。
本殿と権殿はなぜ2棟並んでいる?
本殿は賀茂別雷大神を祀る中心的な社殿です。その西側には権殿(ごんでん)が並んでいます。
権殿は常設の仮殿としての役割を持ち、式年遷宮などで本殿に関する祭儀を行う際には、仮の本殿として機能します。
この2棟が並び立つ構造は、上賀茂神社の神社建築を理解するうえで見逃せない特徴です。
現在の本殿と権殿は、どちらも文久3年(1863年)に造替された建物です。正面の屋根を長く伸ばした檜皮葺の流造で、神社建築の古い形式を伝えています。
両棟は1953年(昭和28年)3月30日に国宝に指定されました。
重要文化財41棟が伝える古代の社殿景観
上賀茂神社では、国宝の本殿・権殿だけでなく、楼門、細殿、橋殿などの建物も重要な文化財です。
多くの社殿は寛永5年(1628年)に造替されたもので、後水尾天皇と東福門院の御願により徳川秀忠が造営に関わりました。当時の記録や絵図を参考に、平安時代の社殿景観が再現されたことも特徴です。
神社の年表によると、1953年の文化財指定では本殿・権殿が国宝となり、36棟が重要文化財に指定されました。その後の指定を経て、現在の公式案内では重要文化財41棟とされています。
1994年に世界文化遺産へ登録
上賀茂神社は1994年(平成6年)12月、「古都京都の文化財」の構成資産の一つとしてユネスコの世界文化遺産に登録されました。
「古都京都の文化財」は、京都市・宇治市・大津市にある17の寺社や城郭などで構成されています。上賀茂神社もその一角を担い、建築物だけでなく、歴史的な信仰空間としての価値が認められています。
特に注目したいのは、神社と自然環境の一体性です。
御祭神が降臨したとされる神山、境内を流れる川、立砂、社殿群。これらは単独で存在する観光資源ではなく、神社の信仰と結びついた一つの空間を形づくっています。
境内は23万坪。23万平方メートルではない
上賀茂神社の境内面積については、単位の取り違えにも注意が必要です。
神社公式サイトと京都市公式の京都観光Naviでは、境内の広さを23万坪と案内しています。これは約76万平方メートルに相当する規模です。
したがって、「23万平方メートル」とする表記は、公式案内の「23万坪」とは異なります。面積を紹介する記事や観光情報を見る際には、坪と平方メートルを混同しないようにしましょう。
広い境内には神山を遥拝する社殿群や、二ノ鳥居前の芝生、ならの小川などがあり、歴史的建築物と自然が調和した景観が広がっています。
【京都三大祭】上賀茂神社の葵祭と伝統神事の見どころ
上賀茂神社を代表する祭事が、毎年5月15日に行われる賀茂祭、通称「葵祭」です。
葵祭は下鴨神社と上賀茂神社の例祭で、京都三大祭の一つとして知られています。平安時代の王朝文化を今に伝える行列と、両社で行われる祭儀が見どころです。
葵祭はなぜ「葵祭」と呼ばれるのか
もともと、この祭りは「賀茂祭」と呼ばれていました。
江戸時代に祭りが再興された際、御所の御簾や牛車、供奉する人々の衣装などに二葉葵を飾るようになったことから、葵祭という呼び名が広まったとされています。
上賀茂神社の御神紋も二葉葵です。神社の公式説明では、御祭神の降臨に際して葵を飾って祭りを行うよう神託があったことが、御神紋の由来として紹介されています。
そのため葵は単なる装飾ではなく、神と人を結ぶ象徴的な植物として大切にされています。
路頭の儀は平安時代の王朝絵巻
葵祭で最も広く知られているのが、京都御所から下鴨神社を経て上賀茂神社へ向かう「路頭の儀」です。
勅使をはじめ、検非違使、内蔵使、山城使、斎王代などが平安時代の装束をまとい、長い行列をつくって都大路を進みます。
京都市観光Naviの案内によると、行列は総勢500人余り、馬36頭、牛4頭、牛車2基、輿1台という規模です。京都御所から上賀茂神社まで、およそ8キロの道のりを巡行します。
特に注目されるのが、斎王代です。かつては未婚の内親王が斎王として賀茂祭に奉仕していましたが、その制度は鎌倉時代に途絶えました。昭和31年(1956年)には市民から選ばれる斎王代を中心とした女人列が復興し、現在の葵祭を象徴する存在となっています。
上賀茂神社で行われる社頭の儀
行列が上賀茂神社に到着すると、社頭の儀が行われます。
勅使が御祭文を奏上し、御幣物を奉納。その後、神馬の牽き回しや舞人による「東遊(あずまあそび)」の舞などが奉納されます。
京都市観光Naviによると、社頭の儀は一般公開されていません。沿道で見られる路頭の儀と、神社の社頭で行われる祭儀は、見学条件が異なる点を覚えておきたいところです。
2026年の葵祭は5月15日に開催案内
2026年の葵祭について、京都市公式の京都観光Naviでは、5月15日(金)の日程で路頭の儀が案内されました。雨天の場合は翌16日に順延する予定とされていました。
行列の先頭通過予定時刻は次のとおりです。
- 午前10時30分:京都御所を出発
- 午前11時40分:下鴨神社に到着
- 午後2時20分:下鴨神社を出発
- 午後3時30分:上賀茂神社に到着
2026年10月30日現在、今年の葵祭の案内は終了済みです。次回の観覧を予定している人は、翌年の開催日や有料観覧席の販売情報を京都市観光協会などの公式発表で確認してください。
葵祭以外にも見逃せない神事がある
上賀茂神社では、葵祭以外にも一年を通じてさまざまな神事が行われています。
- 賀茂競馬(5月5日):1093年に宮中で行われていた競馬会を神社に移したことに始まる伝統行事。騎手が馬を走らせる迫力ある神事。
- 御禊の儀(5月12日):神職が身を清める祓いの行事。
- 賀茂祭(5月15日):上賀茂・下鴨両社の例祭。葵祭として知られる。
- 烏相撲(9月9日):八咫烏の伝承にちなみ、児童による相撲が奉納される神事。
- 笠懸神事(10月第3日曜日):武田流弓馬道による勇壮な乗馬術が披露される行事。
- 新嘗祭(11月23日):その年の収穫に感謝し、新穀を神様にお供えする祭典。
これらの行事は、上賀茂神社が単に古い建築物を保存する場所ではなく、現在も神事を通じて伝統を受け継ぐ神社であることを示しています。
【2026年最新】上賀茂神社の参拝時間・特別参拝・境内の見どころ
2026年10月30日時点で、上賀茂神社は通常の参拝や御祈祷を受け付けています。観光目的だけでなく、国宝の社殿や境内の自然、祭事をじっくり楽しめる場所です。
2026年現在の参拝時間と受付情報
神社公式サイトに掲載されている通常の参拝・受付時間は次のとおりです。
- 二ノ鳥居:5時30分~17時
- 楼門・授与所:8時~16時45分
- 御祈祷受付:9時~16時
- 特別参拝:10時~16時、初穂料500円/人
- 神山湧水珈琲:10時~16時
- 神馬「神山号」:日曜・祝日・祭典日の9時30分~15時頃
特別参拝では、通常の参拝とは異なる形で本殿・権殿に関する説明を受けながら見学できます。ただし、祭典や時期によって休止・時間変更・初穂料の変更があるため、訪問前に公式案内を確認することをおすすめします。
境内で見ておきたい代表的なスポット
初めて参拝するなら、以下の場所を中心に回ると上賀茂神社の魅力を理解しやすくなります。
立砂(たてずな)
二ノ鳥居を入った正面にある、一対の円錐形の砂盛りです。御祭神が降臨したとされる神山を象徴しています。頂上には松の葉が立てられ、陰と陽の一対を表現しています。
細殿(ほそどの)
立砂の背後に建つ歴史的建造物です。立砂と組み合わせた景観は、上賀茂神社を代表する風景として知られています。
楼門
朱色が印象的な門で、神社の境内を象徴する建造物です。社殿群の中でも特に目を引く存在です。
本殿・権殿
賀茂別雷大神を祀る本殿と、常設の仮殿である権殿。ともに国宝に指定されており、特別参拝でその歴史や建築について知ることができます。
ならの小川
境内を流れる清らかな川で、神社の自然景観を形づくる存在です。社殿だけでなく、水や緑を含めた神域の雰囲気を感じられます。
所在地とアクセス
上賀茂神社の所在地は、京都府京都市北区上賀茂本山339番地です。
京都市バス・京都バスの「上賀茂神社前」停留所からすぐの場所にあり、公共交通機関を利用して訪問できます。地下鉄を利用する場合は、北大路駅または北山駅からバスやタクシーを組み合わせる方法もあります。
葵祭や賀茂競馬などの祭典日には、通常より混雑する可能性があります。特別参拝や御祈祷を希望する場合は、祭典の時間帯と受付状況も考慮して訪問計画を立てると安心です。
【賀茂別雷神社・上賀茂神社】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:賀茂別雷神社と上賀茂神社は違う神社ですか? A1:同じ神社です。賀茂別雷神社が正式名称で、上賀茂神社は通称です。京都市左京区にある下鴨神社(賀茂御祖神社)は別の神社です。
Q2:上賀茂神社は677年に創建されたのですか? A2:神社の由緒では、天武天皇6年(677年)に現在の場所に賀茂神宮が造営されたとされています。神社の起源そのものは神代の時代の神話にさかのぼると伝えられています。
Q3:上賀茂神社の御祭神は誰ですか? A3:賀茂別雷大神(かもわけいかづちのおおかみ)です。神山に降臨したと伝わる神様で、厄除や雷除などの御神徳で知られています。
Q4:上賀茂神社にはどのようなご利益がありますか? A4:厄除・方除・八方除・開運・雷除・災難除・必勝・電気産業守護などです。引っ越しや新築、厄年、仕事や試験の勝負事などに関する祈願が行われています。
Q5:上賀茂神社の本殿と権殿はどちらも国宝ですか? A5:はい。両方とも国宝です。現在の建物は文久3年(1863年)に造替され、1953年(昭和28年)に国宝に指定されました。
Q6:上賀茂神社の重要文化財は何棟ありますか? A6:神社公式サイトでは41棟と案内されています。本殿・権殿の国宝2棟とは別に、楼門や細殿などの社殿が重要文化財に指定されています。
Q7:上賀茂神社は世界遺産ですか? A7:はい。1994年(平成6年)に「古都京都の文化財」の構成資産の一つとして、ユネスコ世界文化遺産に登録されました。
Q8:上賀茂神社の境内面積は23万平方メートルですか? A8:神社公式サイトの表記は23万坪です。平方メートルに換算すると約76万平方メートルに相当します。23万平方メートルという表記とは異なります。
Q9:2026年の葵祭はいつ開催されましたか? A9:2026年は5月15日(金)の日程で京都市公式の開催案内が出されました。京都御所から下鴨神社を経由し、上賀茂神社へ向かう路頭の儀が予定されていました。2026年10月30日現在、今年の開催案内は終了しています。
Q10:上賀茂神社の御祈祷は予約が必要ですか? A10:通常の御祈祷は予約不要で、9時から16時まで随時受け付けています。初穂料は5,000円以上が基本です。初宮詣や交通安全祈祷などは別の金額が案内されています。
まとめ:上賀茂神社は雷の御神威と1300年以上の歴史を伝える京都の古社
賀茂別雷神社、通称・上賀茂神社は、天武天皇6年(677年)の賀茂神宮造営を歴史的な節目とし、平安京の守護神として朝廷や人々から崇敬されてきた神社です。
御祭神の賀茂別雷大神にちなむ雷の御神威は、厄除・雷除・八方除・方除・必勝といった御神徳につながり、現在では電気産業の守護神としても信仰されています。
文化財の面では、文久3年(1863年)造替の本殿・権殿が国宝に指定され、境内には41棟の重要文化財が残ります。さらに1994年には「古都京都の文化財」の一つとして世界文化遺産に登録されました。
毎年5月15日の葵祭や5月5日の賀茂競馬をはじめ、年間を通じて古式ゆかしい神事が行われていることも、上賀茂神社ならではの魅力です。
参拝する際は、まず正式名称と御祭神を知り、立砂や細殿、国宝の本殿・権殿などを巡ってみると、神社の歴史や信仰をより深く感じられます。
観光地としての美しさだけでなく、神話・歴史・建築・祭祀が一体となった上賀茂神社。2026年以降も、その伝統を受け継ぐ京都の重要な文化的・宗教的拠点として、多くの人々に親しまれていくでしょう。